第18話:天才召喚魔術師と第八王子3


「お兄様? 起きてください、お兄様」


「んぁ? ここは……アイン? はっ! 勇者様は⁉︎」


 私の柔らかな声に目を覚ましたアルフレッドは、意識を取り戻すと同時にガバッとその場で飛び起き周囲に視線を巡らせた。


 彼の視界には穏やかな笑みを湛える美少女以外映っていないはずだ。


「勇者……様?」


「何のことですか? お兄様」


 背後でのたうちまわっているシーツを被せた人型のす巻きなど決して映ってはいない。


「い、いや……なんでもない」


 穏やかな笑みを浮かべたまま佇む私を見て理解してくれたのだろう。アルフレッドは特に何かを口にすることもなく、なぜか引きつったような笑みを浮かべて私だけを見つめている。それ以外のなにも見るつもりがないと意思表示をするように。


「ところでお兄様? 先ほどのお話ですけど」


「ん? ああ、いや、やはり兄として妹に縋るというのはあまりに——」


「お受けいたします」


「へ?」


 静かに即答して笑顔を向けた私にアルフレッドはポカンと間の抜けた顔を浮かべている。


「お兄様のピンチです。私に出来ることがあるのならお役に立ちたいですわ? 勿論、私だけでは役不足ですので、勇者様に同行してもらうという形で……お父様には私の方からお話を通しておきます。勇者様の見聞を広める目的と功績をつけるチャンスといえば納得してくださるでしょう」


 だから、わかるよね? と微笑む私にゴクリと唾を飲むアルフレッド。


「僕としてはこれ以上ない話だが……ただでさえ戦況は最悪、そんな状況に勇者様を送り込んでもしものことがあれば……勇者様召喚の威光は予想以上に我が国の貴族達にも影響を出している。そんな人材をみすみす危険な場所に送り込むだろうか」


 最初からそこ狙いで私を頼ったんでしょうが。え? なに? もしかして本当に私一人に助けてもらうつもりだったの? だとしたらどんな評価なの? 私ってこの人の中でどんな位置付け?


「その辺りはうまく説得いたします。あとは、お兄様やお姉様達がどう動くかですね……」


 国王は案外ちょろい。問題は一番から五番までの腹黒い兄姉どもだよ。


「そこは僕が何とかする。ここまで世話になって何もしないわけにはいかない」


 瞳に決心を宿し力強くアルフレッドは頷いて見せた。今更だよ、むしろ任せない方が上手くいきそうですらある。


「わかりました。では、お願いします」


「任せてくれ。アイン……ありがとう。この恩は必ず返す」


「いいえ、お兄様の為ですから……」


 ただ、あなたが見たものを一生胸の内に秘めていてくれればそれで良いですよ? まあ、こちらが協力的な内は裏切るような事はしないだろうけど。


 笑みを絶やさない私に一瞬唾を呑んだアルフレッドは、希望を見出した表情のまま踵を返して私の部屋から勢いよく立ち去っていった。


 一時の静寂。たっぷりと時間をおいて私は背後の人物へと声をかける。


「それで? その他諸々覚悟はできているかしら?」


 ゆっくりと振り返ってみれば、のたうちまわっていた人型のす巻きがピタリとその動きを止めた。


「ん〜、んんーん! んんんー!」

(まて、話せばわかる! ゆっくり話そう! 話し合おう! と、もぐもぐ……リヒトは言っておるぞ)


 いつの間にか私の部屋を漁って見つけ出したお菓子を頬張りながら宙で寝そべるコクライが通訳する。


「有罪。とにかく、あんたには責任とって死ぬほど働いてもらうから宜しく」


 す巻きの縄をほどき、リヒトを開放する。


「——っ」


 中から現れたのは、ほぼ半裸の美男子でした。さっきまでそれどころじゃなかったけど、なんて格好をしているのだコヤツはッ!?  けしからん。けしからん腹筋ではないか。


 いや〜これは。初めてみる男の人の裸がこんな……けしからん。


「ふぅ〜、シャバの空気はうまい! まぁ、なんか楽しそうじゃないか? 獣人っていうのも見てみたいしな……ってアイン様、なんか顔赤いぞ?」


「う、うるさい。とにかく、そのままじゃけし……話もろくにできないから! 早く着替えてきなさい!」


 私は見ていない! 断じてこんな最低男の肉体美にドギマギなどしてはいない! 断じて!


「ん? もしかしてアイン様照れて——」


「来なさい、ホネ吉」


「な!? わかったっ! もう当分人骨は見たくねぇっ! すぐに着替えてきます!」


 ドタバタと部屋から走り去っていくリヒト、その後通路からは妙に黄色い悲鳴が轟いていた。


「あんた、ほんとにあれが主人でいいわけ?」


(ん? 我が主人は、ああ見えて、んぐ、コホッ、頭もキレる。何か考えあっての事だろうよ)


「ああ、そう」


 最初の威厳はどうしたコクライさん。お菓子を頬張りながら腹を掻いて寝ている姿はどう見ても休日のおっさんですよ。


 ただ、コクライがやると妙にエロいのが腹立つけど。


「まぁいいや、これからの事を話すのに場所変えるからアイツに言っといて? マーリンのところまで〝走って〟来いって」


 私は、窓枠にトンっと足をかけて中空に身を投げる。


「——ポチ」


瞬間、落下する私を受け止めるように現れた赤銅色の竜が咆哮を響かせて空高く舞い上がる。そのまま私は、マーリンのいる賢者の塔へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る