*四章*王女と勇者のすれ違い
第19話:天才召喚魔術師と賢者
前世のビルなら五階建てくらいの高さだろうか。
私は、現在〝賢者の塔〟のバルコニーへ向けポチの背に乗り上空から降下している最中だ。
「おお、ほんとに走って来てる」
城からここまでの道のりを全速力で走る人影をチラリと見やった私は特に気にすることもなくいつも通りバルコニーへ降り立ち、堂々と中に足を踏み入れる。
バルコニーといっても、窓も何もない吹き抜けの場所なので特にノックする必要もないのだけれど。
「これはこれは、アイン様。困りますなぁ、このマーリンの〝反魔結界〟を毎回こうも易々とすり抜けられては。ワシ、その度に泣いちゃいそうなのですぞ」
魔術式を〝感覚〟で構築できる私にとって、反魔結界をすり抜けるなんて、飛んでくる風船を避けるくらい簡単だったりする。
「あー、ごめん。結界がある事すら忘れてた」
「忘れ……ワシ、今日は自信を取り戻せそうにないですじゃ」
どんよりとマーリンの周囲に黒いモヤが漂っている気がするけど、めんどくさいのでスルーします。
「マーリンも大変よね? 宮廷魔術師の筆頭なのに、こんな場所に追いやられて。半分は私のせい、なんだけど」
「何を仰います。住み慣れればここも良い場所ですぞ? 並の者には侵入することも困難な造りゆえ夜も安心してぐっすり眠れます。おかげでこの通りお肌もツヤツヤですぞ」
どこの美容系女子か貴様。両手を頬に添えるお肌ツヤツヤ白髭じーさんって誰得だ。
「……へぇ、うん、すごいね」
こんな人でも恩人。キモいなどと切って捨てるのは流石に心が痛い。めちゃくちゃキモいけど。
「アイン様、表情が青ざめておりますが如何なされ——む、今度はワシの反魔結界に何か掛かったようです」
途端に表情を険しくしたマーリンが全身に魔力を纏わせ、颯爽と塔のバルコニーから飛び降りていった。
「ああ——それは、多分あいつが……ま、いっか」
この塔には実質入り口も出口も存在しない。適切な手順でギミックを解除しなければ、ありとあらゆる殺意を持った仕掛けが侵入者……もとい、脱走者を攻撃するという罠が施された〝元監獄の塔〟とりわけ重罪人を閉じ込めておくための施設であったこの場所は老朽化に伴い放置されていた。そこに現在マーリンは一人で住んでいる。
「アイン様! なぜか反魔結界に勇者様が掛かっておられましたぞっ!? これは一体どういう……」
結界に正面からぶち当たったのか、目を回したまま担がれたリヒトと共にマーリンがふわりとバルコニーへと地上から浮かび上がってきた。
「ああ、元々ここで話す予定だったから。その辺に転がしていたらそのうち起きるわよ」
「そ、その辺に転がす??! 勇者様にそのような無礼——ワシの首が飛んでしまいます」
そうだね。マーリンにこれ以上迷惑はかけられない。
「そうね、じゃあ起こしましょう——来なさい、ホネ」
「——っ!! やめてっ! これ以上ホネはやめてっ!?」
なんだかんだで相当なトラウマをホネ吉さんに植え付けられたみたいですな。
発狂するように飛び起きたリヒトは周囲にカタカタとアゴを鳴らす存在がいない事を確認してホッと胸を撫で下ろしていた。
「……ホネ? ま、まあ、勇者様がお目覚めになられてよかった! 反魔結界も正常に作動した様子で何よりです」
少し自信を取り戻したのかマーリンの表情が綻ぶ。
実際〝反魔結界〟を塔全体に張り巡らせているのも〝侵入者対策〟ではなく、知らない人間が無用な罠にかからない為の〝安全装置〟という方が正しい。
大体この国でマーリンを襲おうなんて無謀な人いないだろう。
微笑ましくリヒトと接するマーリンの姿を見て私の心に暗い影が差す。
王族や貴族たちに対して魔術指導を行うのが前線を退いたマーリンの役割でもあったのだけど、その〝分け隔てのない〟教育方針を貫いた結果。私という存在を他の王族や貴族たちと同じ、逆にそれ以上の位置に置いてしまい、マーリン自身が〝分け隔て〟られてしまった。
ある事ないこと理由をつけられたマーリンは城での暮らしを追われただけでなく〝指南役〟の任を解かれ、私の専属指導役に抜擢……それと同時に現役を退いていたにも関わらず〝魔術師団筆頭〟に戻され、戦時には前線へと強制的に駆り出される。
私のせいで、マーリンは地位も暮らしも失った。なのにそんな事はおくびにも出さず私と接してくれている。いや、そんな訳ないか。
恨んでいるよね、きっと。私が一応〝王女〟だから、これ以上角が立たないようにしているだけ。私だったら間違いなく恨んでいると思うし。
「アイン様? どうかなさいましたか?」
「え? 大丈夫、なんでもないから」
優しげに私の表情を覗き見るマーリンに微笑で応えた。
「……不器用だねぇ、我が主人様は」
対照的にいやな笑みを浮かべるリヒトをキッと睨み返して黙らせる。
あんたなんかに私の気持ちは絶対わからない。見透かしたような表情を向けないで欲しい。
「ところで、本日はわざわざこのような場所まで何ようですかな?」
疑問符を浮かべたマーリンに私は向き直って応える。
「簡潔に言うと、私たち〝獣族の国ギルガオス〟に行く事になったの。その準備と話し合いにこの場所を借りようと思って」
「なんと!? かの戦場にアイン様が……それは、国王様の御命令ですか?」
「お父様というより、アルフレッド兄様に頼まれて……」
むしろ国王は私が説得しなければいけない。勇者と一緒に私を戦場へ送ってくださいと。
狂気の沙汰ですよ。これも、あのバカがあんな格好で部屋から出てきたりするからだ。
「なあ、爺さん。この部屋入ってもいいか?」
言っているそばからまた勝手な事を。
「ん? ああ、そこはアイン様が収集された武器やマジックアイテムが保管されている部屋にございます。アイン様が許可されるのでしたら——」
「却下よ。扱いの難しいアイテムや厄介な封印が施された武器なんかもあって、それでも希少な品だから今後何かの役に……」
「そうか、お邪魔しますっ」
人の言うことを全く聞かず、土足で私のアレコレを踏み散らかすこの男。もう決めた。今回の件が落ち着いたら速攻で〝秘薬〟作って、元の世界に送り返す!
本当の勇者とか待っていられない。これ以上引っ掻き回されたら、私の立場が先に終わってしまう。
「おお! なんか面白そうなのがいっぱいあるじゃん? 俺への〝報酬〟もこの中にあるんじゃ……」
ガサガサと無遠慮に人の秘蔵コレクションを漁っているリヒトを半分殺意を込めた視線で睨みつける。
「あまり乱暴に触らないで、一応国宝級のアイテムもあるんだから。今日ここにきた目的は、その中から今回の〝依頼〟に必要な道具の準備と、あんたに最低限弁えてもらいたい行動を教えに」
「お、コレ良いな。こんな重たいだけの“お飾りの剣”より余程良い」
全然聞いてねぇし。はぁ、なんかもう疲れたなぁ。〝異空の腕輪〟だけ持って先に帰ろうかな。
〝部屋一個分〟くらいの荷物なら瞬時に収納できる異世界のお決まりアイテムは旅の必需品。
ただ、これも相当に希少な遺物だから、必要事以外はある意味安全なこの部屋に置いているわけだけど。
たった今安全じゃなくなったので、一先ず〝腕輪〟は装着。
「——収納」
言葉と同時に私のコレクション達が腕輪から伸びた光に吸収される。ぽかんと口を開いていたリヒトの周りから一瞬で物がなくなった。
いつ何があるかわからないからね? お金と保険は大切ですよ。
この世界にも銀行はあるけど、王女の私が利用するのもおかしな話だし。
もし勇者召喚もダメで、無理やり結婚させられる、とかなったら取るべき行動は逃げの一択。
そのための逃走資金をギルドで遊び……コホン、冒険者しながらコツコツとため込んできた訳です。
ギルド運営の実権? そこまで重たいものは持てません。私、お箸以上に重たいもの持てないので。
「なんだ? ガラクタの山が一瞬で」
「ガラクタじゃないわよ! どれも、売れば一財産はくだらない国宝級の……ってあんた何持ってんの?」
「ん? いや、ちょうど良い武器を見つけたからもらおうかと」
ふとリヒトの手元に視線を向ければ明らかに禍々しい雰囲気を醸し出した〝鉄製の鎌〟が握られていた。
よりにもよって厄介な物を手にしていらっしゃるよこのヤロがっ。
「あんたね、それは〝暴食の大鎌〟っていう超やばい呪いの武器よ? 悪いことは言わないからさっさとこっちに渡しなさい」
大罪系の名前がつく武器は基本的に伝説、幻級のアイテムではあるが、何せ呪いが酷くて扱いにくい。
それでも希少価値が高いため愛好家も多く、こうして保管している訳ですけども。
「大鎌って、大層な名前の割に小ぶりなサイズだな」
ぺりぺりと、わかりやすく貼ってある〝封印〟の護符を、どこかふてくされた表情で剥いでいくリヒト。
「じゃない! 何してんのよっ!! 危険な呪いだって言ってるでしょうっ!?」
慌てて手を伸ばすが時すでに遅し。私の焦った顔を妙に嬉しそうな顔で見つめながら封印の護符を勢いよく剥いだ。
「アイン様っ! お下がりください!! 〝暴食〟の名を冠する武器は、対象の魔力、生命に至るまで削り喰らうと聞いたことがございます! 何より使い手は、真っ先にその魔力と命を喰い尽くされ、武器の傀儡として身体が朽ち果てるまで人の命を借り続けると——」
慌ててマーリンが私を庇うように割って入り、反魔の結界を瞬時に張り巡らせた。
「え、俺……どうなる?」
「バカね、あんたその鎌に飼われて死ぬのよ」
「イヤだな、それ」
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