第20話:天才召喚魔術師と暴食の大鎌
禍々しい雰囲気を漂わせ始めた“暴食の大鎌”を見やり、 割と緊張感のない表情でポリポリと頬を描くリヒト。
次第に手にしていた鎌から紫色の瘴気のようなものが溢れ出し、リヒトの腕に絡み付こうとして。
(呪いごときが我が主人に触れるでないわっ!)
ひょこっと顔を出したコクライが瘴気のようなモヤを蹴り飛ばし、踏みつける。
『きひっ!? 痛いっての! 何すんのよっ! この年増!!』
「え? あんた今何かいった?」
どこからか妙に癇に障る声が聞こえたような。
「いや、俺じゃないな……爺さん、そういう趣味は笑えないぞ?」
「はて? 声とは? ワシには何も聞こえませぬが」
首を傾げながら応えるマーリン。私たちの視線は自然とコクライに踏みつけられている鎌へと向かう。
(誰が、誰が年増だと? よかろう、我が漆黒の雷により灰塵となり果てるがいい!)
額に青筋を浮かべてモヤを踏みつけるコクライの周囲に濃厚な魔力が漂い、バチバチと黒い雷が現れる。
「こ、これは……遥か古の暗黒時代、地上を焼き尽くしたと言われる〝漆黒の雷〟!? いやまさか、そんなはずはっ!」
おっと、マーリンさんがよくわからないことをぼやき始めた。
マーリンにはコクライが見えてないから、鎌から雷が出ているように見えているのかも?
なんにせよ、これ以上コクライが暴れるのは不味いかもしれない。塔が崩壊したらマーリンのお家がなくなってしまう。
(きひひっ! 上等じゃんっ! ババァの存在ごと食い尽くしてやんよっ!)
下品な笑い声とともに、溢れ出した瘴気のモヤがリヒトを覆い尽くそうと全身に絡みつく。
「あの、アイン様? 助けてもらったりなんか……」
「嫌よ、自業自得でしょ?」
「ですよねぇー」
とはいえ、私の信条的にも私とマーリンのお家に被害が及ばないのであれば自ら“助ける”という行為を行うつもりはない。リヒトはと言えば元々私のテリトリーを無断で踏み荒らすのが悪い。
めんどくさい? ええ、そうですとも、私は“歪んで”いますとも。
「なんと禍々しい力っ! アイン様! ここはワシに任せてお逃げくだされっ!」
瘴気と漆黒の雷が周囲に満ちていく中、微妙に空気感の違うマーリンが必死に私を庇う。
その背中が、今の状況にあって殊更私の心をモヤモヤさせる。
どこまで本気なんだろう。私のことは恨んでいるはずなのに。
ああ……ここで私に何かあったら、またマーリンが咎められちゃうのかな? 一応今の所勇者をコントロール出来る唯一の人材だし、私が死ぬのは不味いって国も考える?
どちらにせよマーリンに私のことでもう迷惑はかけられないよね。
「マーリン、大丈夫だから……これ以上マーリンを巻き込んだりしない」
マーリンの背中にそっと触れながら、笑顔でその脇を通り過ぎていく。
「アイン、様? 一体何を……」
コクライと、よくわからない声……多分〝鎌〟に宿っている思念? 的な〝何か〟との間に凄まじい濃度の魔力の力場が発生し微妙に空間が歪んでいる。
はぁ、なんで私がこんなこと。ガラじゃないって本当に。
深いため息を吐きながら、モヤモヤにまとわりつかれているリヒトの前に立ち、盛大に見下げる。
『何コイツ!? なんで、ウチの〝支配〟が効かないわけ!? こうなったら魔力全部吸い上げて力を……って魔力少なっ! ナニコレ!? カスッカスじゃんっ!!』
(いい加減、リヒトから離れよっ! ええい、こうなればこの建物もろとも灰にしてくれる——あひっ)
一先ず騒がしいチビッコの首根っこを掴み、ぽいっと外に投げ捨てる。
「あれ、もしかしてアイン様、助けてくれちゃったりなんか」
「勘違いしないで。これ以上私のせいでマーリンに迷惑かけられないでしょ」
イライラする気持ちを隠すことなく、鎌を握っていない方の手を強引に取り手の平に術式をサッと描いていく。
「これ、従属の刻印。ここまでしてあげたんだから、あとはきっちり従えなさいよ」
「私のせい……ね? そんなに悪いもんでもないと思うけどな」
「なに?」
知ったような口が聞けないように、グッと睨みつけると、リヒトは目を泳がせて顔を背けた。
「なんでもありませんっ、んで? これをコイツに押し当てて魔力を流せばいいんだよな?」
いいながら、刻印を鎌に押し当てるリヒト。と言っても、魔力カスカスの君じゃ、ぶっ倒れるのがオチだろうけど。
(な、なに、なにしてっ! ヤメロっ! ウチを支配なんてっ、きひっ! きひひっ‼︎ 何コレ……あつい、こんな、濃ゆいの、はじ、めて)
コクライの時同様、術式に魔力を吸い上げられて卒倒する事を予想していた私は、茫然と目の前の出来事をただ眺めていた。
「周囲の魔力を吸収して……あんた何なの、何者なのよ」
「す、素晴らしい……このような事象見たことが、しかし、あのお姿は」
隣でマーリンも唖然としている。無理もない。
普通は魔力を瞬間的に外部から吸収するなんて出来るはずがない。確かにリヒトは周囲の魔力を取り込んで自分の力へと変換する稀有な体質の持ち主だ。
でも、今リヒトがやっているのはそんな生易しいものではない。
今この空間には、コクライの放った魔力と〝鎌〟の瘴気が満ちている。
それをリヒトは無意識か意識的になのか自らの身体に取り込み、あろうことか自らの力へと変換……魔力の塊は可視化できるほどに収束し、彼の背後に渦巻いた濃密な魔力はまるで“漆黒の翼”のような形を作り出していた。
その魔力を本来の数倍にまで力の純度を引き上げ〝鎌〟へと注いでいるのだ。
「魔力の具象化など聞いたことがない……しかし、あれは……可視化出来るほどまでに濃縮された、まごうことなき魔力の塊。勇者様、あなたはまるで魔——」
言いかけて、マーリンはハッと口を固く結んだ。
マーリンが言いたいことはわかる。
なぜそんな姿になるのかわからないが、それは勇者というより、魔王……と呼ぶほうがふさわしいと思えるほどに、禍々しい漆黒の翼だった。
「ふぅ、今回は無事成功したみたいだな? アイン様?」
言葉を失っていた私に向かって振り返り、必要以上に手を降ってくるリヒトを一瞬睨み。
私は鎌の方へと近寄っていく。ふと視線を向ければリヒトの背中から〝漆黒の翼〟は綺麗になくなっていた。そして、鎌も何事もなかったかのように沈黙している。
「あんた、自分が何やったか自覚あるの?」
「ん? 自覚っつてもなぁ、なんかブワァーっと熱くなって、それをギュワァっとだな」
「あー、もういいや、バカがうつるから口閉じて」
「なっ! まぁ、そういう所もアイン様の魅力の一つだけどな」
バカなの? 変態なの? どっち?
「おお、流石は勇者様、アイン様の魅力をよく理解していらっしゃる」
おまえも変態バカの連れか! どこが魅力だよっ! 見るな、その生暖かい視線でこっちを見るなっ!
(リヒトっ! あの生意気な小娘はどうしたっ! てっ、おいっ! なんだその刻印は!?……リヒト、私というものがありながら、そんな小娘に手を出すなど)
先ほどポイしたコクライが血相を変えて戻ってきたと思えば、静かになった鎌を見るなり捨てられた悪役令状のようなセリフを吐いて目を潤ませている。
小娘って何だよ。というか、なんだコイツら……ああ、もう帰ろうかな。
「落ち着けってコクライ。俺はよくわかんねーけど、このじゃじゃ馬な武器を手懐けようとしただけで」
(手懐ける!? こ、こんな小娘のどこがいいのだっ! 我は、我は見損なったぞリヒト)
「いや、おまえさっきから何言ってんだ? 確かに喋る鎌にはびっくりしたけど、コレを小娘とか言われてもな……」
うん、どうでもいい。ちびっ子の戯言はどうでもいいからもう帰ろう。
「あのぉ、アイン様? 勇者様は先ほどからどなたとお話しされているのでしょうか」
マーリンにはコクライ見えないんだよ。そうだよね、高位精霊なんだよね一応。
余程才能と相性が良くない限りはっきりとは見えないんだよね精霊って。あとは精霊自体が見えるように意識を表面化すれば相手に〝見せる〟ことも出来るけど。
ただなぁ、説明するのが面倒だなぁ。
「ああ、うん。いついかなる時も想定外の状況に対応できるように、ああやってイメトレしているんだよ……」
「なんと⁉︎ そのような訓練を自ら……おお、ワシにも見えますぞ、まるでそこに誰かがいるような気がしてまいりました」
納得するなよ。あーもう、なんか疲れた。話し合いとか真剣にする気力も起きないし。帰って寝よ。
シラっと周囲を見渡して嫌気がさした私は、このまま一人で帰ろうと思い、バルコニーへトボトボ歩き始めた。
「きひ、きひひひっ! あんなに気持ちいいの初めてだったのっ、ご主人様ぁ、ウチをもっとお腹いっぱいにしてぇ」
はっきりと聞こえたイラッとする声色に振り向くと、瞬間、宙に浮かび上がった〝鎌〟が闇色の光に包まれその姿を変えていく。
「きひひっ、実体化なんて何百年ぶりっ? くぅ〜気持ちいい……あ? 何見てんだジジィコラ? 食い散らかすぞ? きひひ」
ザンバラな前髪に、赤、ピンク、黒、白と統一感のない髪をツインテールにまとめた、私よりも少し幼い少女がグリグリな瞳に似合わない狂気を宿して、予想外の出来事に直立不動になっているマーリンへと凄む。
黒と灰色の〝ゴシックパンク〟なドレスを翻し、リヒトへと向き直った〝ソレ〟は、甘えるような仕草で擦り寄る。
「ご主人様ぁ、ウチ、まだお腹ペコペコっ、ねぇねぇ、コイツらみんな食いちぎってもイイ?」
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