終話:天才召喚魔術師の自己都合

 夜をかける心地よい風。

 塔のバルコニーから吹き抜けては、私たちの髪を優しげに撫でて消えていく。


 マーリンには、夜に場所を貸してもらえるよう事前にお願いしておいた。


 この〝賢者の塔〟には私とリヒトの二人きり。


 誰かが訪ねてくることは絶対にない。


「話があるとは言ったが……まさか転移までするとはな。一匹増えてたし」


「誰にも、誰にも邪魔されずに話したかった……リヒトにもちゃんと聞いて欲しかったから」


「……」


 スゥッと息を吸って呼吸を整える。


 バクバクとうるさい心臓の音を無視しながら、目を閉じて、フゥっと息を吐く。


 私はしっかりと自分の瞳の中にリヒトの姿を見据えた。


「わ、私ね? その、色々前世で嫌な事続いちゃって。

 美咲、妹さんの事でも結構精神的にまいっちゃって。

 そんな時に階段から突き落とされて、死んじゃって。

 だから、今でも階段とか段差がちょっと怖かったりするんだよね……」


「……」


 リヒトは黙って私の拙い、でも初めて人に語る心からの言葉を聞いてくれていた。


「目が覚めたらさ? 赤ちゃんになってるんだよ? びっくりだよね!?

  私は、姫神桜の記憶を持ったままこの世界の〝アイン〟として転生した。

 最初はすごく混乱して、意味もわからなすぎたけど、だんだんと思うようになったの、

 ——これは、前世で最悪だった私に神様がくれたチャンスなんだって……でも違った。

 神様がくれたのはチャンスじゃなくて、もっとヤバイ試練だった」


 自嘲気味に笑ってごまかそうとするけど、やっぱり笑えない。


 今はリヒトや今日のビャクコさんの立ち回りのおかげで気持ちは随分とスッキリしているけれど、それでもこの十五年は正直、キツかった。


「逃げ出したい……誰かに助けてもらいたい。いっそもう一回死んじゃいたい。

 そんなことばっかり小さい頃は考えていて、小さいって言っても中身は大人? だったけど……

 そんな時に、私の才能をマーリンが見出してくれて、私は召喚魔術と出会った」


 当時は自分に力があることが嬉しくて、手当たり次第召喚してしまったんだよね。

 あの頃は、召喚魔術で孤独を埋めていた気がする。


「ただ、そこから何を勘違いしちゃったのか、自分は最強だ……なんて可哀想なことを思い始めて。

 色々間違った方向に考えが向いてしまいまして。

 自分の力で何でもしていいって子供みたいに考えていたんだよねきっと……それで」


「身勝手な自己都合で俺を召喚した?」

「ぅぐ——はい、返す言葉もございません」


 鋭く斬り込まれたリヒトの言葉に少なからず私の心はダメージを受けたけど、リヒトの表情は終始穏やかで、なぜか微笑ましい物を見るように私を見つめていた。


「ぇ、えっと……ここからが、本題なんだけど」

「……ああ」


 リヒトは、少し真剣な表情で私の言葉に応えてくれる。う、嬉しんだけど、眩しいっ!!


「今回の件で、私はたくさん反省した。

 まだまだ、学ばなきゃいけないこと、向き合わなきゃいけないことがあるって知ることができた。

 何より、自分がちっぽけで弱くて、誰かに助けてもらわなきゃ何も出来ない……。

 だけど、それがとても心地良くて。私もその人達を助けたい、その為に力を使いたいって、思えたの」


「……」


 鼓動が早い、心臓か飛び出そう——でも、言わなきゃ、ちゃんと伝えなきゃ。


「そ、その、それもこれも全部、リヒトと出会ったからで、この思いも、気持ちも……リヒトがいなきゃ意味がないって言うか……」


 私は、合間を縫って事前に作っておいた〝秘薬の小瓶〟を取り出して左手に持った。


「……?」


「これは、私たちの元いた世界とこの世界を繋ぐための鍵……みたいな物」


 私の妄想が詰め込まれた瓶です。とは言えない。うぅ、怖い怖い怖いっ。


 本当は、このまま〝秘薬〟が完成していなかったら……でも、それじゃダメ。


 そんな理由、お互いに不幸だもん。


 私は震えながら小瓶を持った左手と、何もない右手の両方を小さく差し出した。



「私は、リヒトといたい……。

 身勝手に自己都合で無理やり呼び出して、自分勝手なことばっかり言ってる自覚はあるけど、それでも! 

 私に、大切なことを教えてくれたリヒトとこれからも一緒にいたい。

 リヒトに私を、見ていて、欲しい……です」



 堪えきれずにポタポタと溢れた滴が床を濡らす。


 もう、泣かないって決めていたのに、どれだけ必死に瞼を閉じても、次々と大粒の水滴が流れ落ちる。


「俺は……」


 その声にビクッと全身が震える。

 目を開けるのが怖い、顔を見るのが怖い……その表情で答えを悟るのが嫌だ。

 知りたくない……でも、わかってる。


 答えなんて最初っから決まっている。

 元々そう言う約束だった。こんな身勝手な我がまま、リヒトを困らせるだけだ。


 スッとリヒトの手が左手に持った小瓶へと触れるのがわかった。


「————っ」


 大声を上げて泣き叫びたい。


 嫌だ、そっちを選ばないでと泣きじゃくりたい。


 そんな衝動を、私は唇を噛み締めながら必死に抑える。


「アイン……聞いてくれ」


 もうダメ、もう無理、ここにいたくない。

 

 この後平気な振りをしてリヒトの顔を見ることなんか出来っこない。


 ——私は思わずバルコニーに向かって走り出した。


「——逃げずに、聞いて欲しんだ……俺も逃げないから」


 リヒトは優しく、それでも力強く私の右手を掴んで引き寄せた。


 私はその手を振り切ることができず、俯いたまま振り返らずに立ち尽くした。


「俺は、正直……自分でも、今の心境がよくわかっていない」


「……」


「おまえは、姫神桜は……妹の大切な友達で、俺は、この世界に来る前〝篠崎エリカ〟からおまえを守ろうと探していた。だが、間に合わず俺は姫神桜の死をこの目で見る事になった」


「——‼︎」


 ぇ、それって、あの場にいたって事? 確かに〝夢〟ではそんな感じだったけど、あの夢が事実だとしても、おかしくない? 時間の速度が違う? とか?


 思わぬ話題に私はわずかにリヒトへと俯き気味に視線を向ける。


 そこには、私の手を握ったままどこか困ったような表情を浮かべるリヒトの姿があった。


「それがいきなりこの世界に来て、目の前に見たこともないような美少——女の子がいるんだぞ? 

 しかも、よく聞けば転生者で、目の前で死んだはずの〝姫神桜〟だなんて名乗る始末だ。

 最初はなんかヤバイ罠にでも嵌ったかと思ったぞ」


 今、美少女って言いかけなかった? 今言いかけたよね? 美少女。


 不意打ち? ここに来て不意打ち!? そんな事初めて言われたし! 未遂だけどっ! 顔熱っ!!


 どうするの!? 期待、しちゃったら……どうしてくれるのよ。


「ただ、この世界でアインとして生きるおまえの境遇を知って、何となく、力になってやりたいと言うか……美咲が困っているおまえの為に引き合わせてくれたような気がしてな」


「……」


「とにかく、無視できない存在だった……俺、おまえに歪んでるって言ったろ?」


「……うん、傷ついた」


「うっ……そう、だよな。悪い」


 波立っていた感情が少し落ち着いていく気がした。


 今、リヒトは素で向き合ってくれている。

 だから、もう少し勇気を出してみようと思って、私は繋いだ手を離す事なくリヒトに向き直った。


「あれは、何と言うか……おまえが、昔の俺に似ていたんだよ。

 自分っていう存在がわからなくなって、自分の〝力〟以外何も信じられない。

 目に映る世界が全部敵に見えてしまう」


「え……」


「俺は、元の世界で〝暗殺者〟だった。ファンタジーの定番でもなく、物語に登場するようなキャラでもない正真正銘の。だからこの手は汚れているし、俺の心は歪みきっている」


「……」


「両親の記憶も、本当の名前も知らない俺は〝烏間黒斗〟として、まぁ俗に言う裏の人間に作られたんだ……悪い事に才能もあった。俺は自分の力に酔い、縋り、自分自身の存在価値を自分の力に求めた」


 似ている……確かにそう思った。


 リヒトは私なんかとは比べものにならない次元を生きてきたのだと思う、それでもなぜか似ていると感じてしまった。


「アインには、俺みたいになって欲しくなかった」


「っ!」


 嗚呼、わかった。


 リヒトが素っ気なかった理由も、今こうして本当の自分をさらけ出してくれている想いも全部。

 やっぱり、私たちは似ているんだ。


「ぶっちゃけ、アインが〝リヒト〟って名前をつけてくれたのはちょっと嬉しかったんだ。

 俺の居場所がこの世界に出来たような気がして……ただ、俺はやっぱり汚れた人間——」


 私は、最後までその言葉を言わせる事なく右手を引き寄せリヒトを抱きしめた。


「私、リヒトがいなくなったらビャクコさんと結婚しちゃうから」

「——!?」


 リヒトの表情はわからない。

 だけど、とても近くにあるリヒトの体温が、鼓動が、私にリヒトの想いを伝えてくれる。


「脅しじゃ、ないよ? 私、この場所でリヒトがいないまま一人で生きていく自信ないもん。

 もう、知っちゃったから。私はそんなに強くない——だから、私には守ってくれる人が必要なの」



 リヒトの想いが、私に向いていてくれるなら、私は自己都合を通そう。



 私の我がままが、リヒトの居場所になるのなら、自分勝手でいよう。



 私が一人で生きられないように、この人も一人にしちゃいけない。



 元の居場所に返しちゃいけない。そんな寂しい場所に返しちゃいけないんだ。



 やっと、わかったよ? 美咲。

 美咲が、私のところに大切なお兄ちゃんを送ってくれた理由が。きっと、そうだよね? 美咲?


「一度助けたんなら、最後まで……責任持って守ってよ……依頼主、なんでしょ? 私」


「そ、それは……でも、俺は」


「新しい依頼です。私の……側にいて? これからもずっと私を守ってほしい。報酬は、あなたの笑顔」


 むにっとリヒトの頬を上に引き上げる。

 リヒトは困った表情で、でも、穏やかな色をその瞳に映していた。


「なんだそれっ……よく考えろ? 俺は、何人もの人間を——」


「うん、それさっき聞いた。リヒトこそいいの? 私がビャクコさんと結婚しても」


「いや、それはその……まだ、アインには早すぎると言うか、あいつは確かに頼りになるだろうが、その、普通じゃなさすぎるし、アインも色んな意味で苦労を」


「じゃあ、どうするの?」


「あー、もう、わかった……俺の負けだ。降参ですよお姫様」

「うん、よろしい!」


 私は再びリヒトへと抱きついた。今度はリヒトが私を抱きしめるように向かい合う。


「リヒトの心は、私が守ってあげる……絶対に一人になんかさせない。

 私がリヒトの居場所になるから……これは誰にも譲れない」


「……っ、ああ、そうだな。仰せのままに、ご主人様」


 一瞬、リヒトの切れ長な双眸のなかにある群青色の深い瞳の奥が揺れたように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。


 私たちはお互いの瞳へと吸い寄せられるように見つめ合い。


 まるでこの空間だけ切り取られた時間の中にいるような静寂が私たちを包み込む。


 私とリヒトの距離がゆっくりと縮めてられていく。


 永遠にこの時間が続けばいい……本当にそんなことを考える日が来るなんて想いもしなかった。


 誰も立ち入ることのできない、甘く流れる二人だけの時間が二人の想いも一つにするように、私たちの境を取り去っていく。


 甘くて切ない味がするなんて、どこかで聞いたような気がするけど本当なのかな? 

 火照っていく思考に全てを委ねながら身も心も、引き寄せられていく。



(アインちゃぁあああああああんっ!! アインちゃんのピカリンがもどってきたよぉおおお!? ぴかぁ)


「「————!?」」


 咄嗟にリヒトから距離をとった私達の間に、突然響いた発狂とともに眩い光が部屋全体を照らしだす。


 誰よ、誰だよ!?  私の、超スゥィートな初体験を妨害する空気読めない不届き者はぁ!! 


 一人しかいない。

 こんなにキャラの濃いピカピカ言ってる奴は、某電気ネズミさんかこいつ以外知らない!!


 眩い光が収束すると同時に現れたのは薄い陽光色の光を身に纏った手の平に乗るほど小さな少女。


 と……え? 誰、って言うかナニ? え?


『……』 


(やっとアインちゃんのところに帰ってこれたピカ!って、あの時の仮勇者くんじゃないか!久しぶり!)


「お、おう……久しぶり、と言うか後ろの……」


(そういえば、こんな場所で、こんな暗い中、二人きりで何してたのぉ? ピカ?)


「「……いや、別に」」


 あ、ハモった。思わず顔を見合わせて頬を染める私たち。恥ずかしいけど嬉しいよね、こう言うの。


(は? 何その空気? いや、は? ちょ、仮勇者くん? 君、ボクのアインちゃんに、なんか良からぬことしてくれちゃったりなんかした? ねぇ?)


 いや、語尾。キャラ崩壊してるよピカリン。


「……何もしてないぞ? まだ」


(は? まだ? 今、まだって言ったよね? 

 ……ボクの、ボクのアインちゃんに何しようとしてんだこのエロガァキィっ——うぐ)


「一番ヤバイ時に、近くにすらいなかったピカリン? そんな事よりいろいろと説明してくれるかな? 何で今、なぜに今! いきなり現れたのか……と、この、さっきから無言でこっちを睨んでいるお方は誰!」


 飛び回るピカリンをガスっと鷲掴みにして突きつける。


『……』


 何がって、まず第一印象が怖い。背後に漂っているオーラというか魔力というか。


 それにこのお方の特徴ですよ。


 燃える灼熱みたいな赤い瞳のですね、床まで届きそうな銀の長い髪を靡かせた絶世の長身美女様が、極寒の視線を向けて佇んでいる訳ですよ。


 それだけじゃなくてさ? 問題はその頭ね? 綺麗な髪の間から雄牛のようなツノが二本。

 

 それが、なぜか私の知っているヤバイ情報と一致していると言う不思議。うん、何だろうこの状況。


(うう、ごめん、ごめんよアインちゃん……これからは片時も離れないからね? 

 ああ、この人は今代の魔王だよ)


「ああ、やっぱり魔王なんだね」


(うん、そうそう魔王)


 いや、なんで? なんで魔王? なんでここに魔王連れてきたピカリン?


(アインちゃんが〝本物の勇者〟って言ったじゃない? あれからボクなりに探してみたんだけどぉ、結果的にまだ勇者はこの時代の時空波長関数的に無理っぽいなぁって思ったから、今アインちゃんが求めてる波数軸に一番近い人を連れてきたってわけ! あ、ピカ)


 うん、全然意味わかんねぇ! 時空波数? は? てか、勇者以前に人族ですらないけど!?


 ついでに、語尾の存在完全に忘れてるしねっ! 

 あ、って何よ〝ピカ〟という語尾に失礼だよ!  もう語尾なんかやめちまえ!!


「はぁ……ピカリン、このお方を拾ってきた場所に返してきな——」


『……お兄ちゃん?』


 うん、そうお兄ちゃん。ん? お兄ちゃん? 何が? 誰が?


「————⁉︎」


 リヒト? なんでそんな驚いた表情で魔王と熱く見つめあっていらっしゃるのかな? 

 まあ、驚くよね? 魔王だもの。


『まさか、おまえ……美咲か?』

『うん……』


 ん? なんで二人とも日本語で話してるの? アレ? おかしいな?


 なんでクールビュウティーな感じの魔王の目がうるうる? おかしい。


 絶対におかしい。うん、美咲……魔王が、美咲。マオウガミサキ? ナニソレ? オイシイノ?


『……美咲? あなたが、美咲?』


『ぇ? は、はい……なんというか転生? しちゃったみたいで……どこかでお会いしましたか?』


 よし、十分溜めた。もういいかな? もういいよね? せーの。


「はぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 私の想いは? 美咲への色々は? リヒトと引き合わせてくれたっ、とかそういう感動的な奴は!?


 てか、なんで魔王!?

 それに、なんで絶世の美女感出てるの?! 羨ましいな大人ボディ!! じゃなくて!


 たとえ美咲でも、今、このタイミングで、妹というアドバンテージを持ったライバルはいただけない!


 どうするのこれ? どうするのこれぇえええ?! 収集の付け方がわからないよ?!


 私の優雅で自由なセカンドライフは? 淡いトキメキいっぱいの異世界恋愛ファンタジーはどこいった?


 熱い眼差しで見つめ合う魔王と勇者に挟まれてる王女ってどんなポジションだよコレ!!


 あぁぁあっ! もう!この混沌から私を助け出してくれる勇者様!?


 自己都合だけど召喚させて下さい!!!





 ……end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天才召喚魔術師で王女の私は、完全に自己都合で勇者様を召喚します シロノクマ @kuma1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画