第44話:天才召喚魔術師と決別の時間
場を包み込む痛々しい静寂。
当然だよね、目の前で第二王女様殺害が行われた直後ですし。
ただ、なんというか。
アリエルもよくわからない魔物、というかナコンダみたいな邪竜もどきになりかけていた訳で、
「王国としてもビャクコさんを批判しずらいよね」
私がこぼした呆れ交じりの小声に、リヒトが応える。
「確かにな。だが、コレを獣族の国の陰謀だと騒ぐ連中もいるだろうがな」
「あぁ、いるね間違いなくいる。特にアリエル側の人は騒がしくなりそう」
まとめると今回の騒動の黒幕は、実は第二王女のアリエル。
獣族の国を利用して私を嵌めて更に全面戦争の火種にしようとしていたけど、実はその本人も多分、蛇だからナコンダ? に操られていましたよと。
こじれてるなぁ……私を巻き込まずにやってくれないかな。
いや、やっちゃダメだけどさ! みんな、もっとラブ・アンド・ピースしようよ!?
「なんだ……一体なにが起きているのだ、誰か説明してくれ」
国王が遠い目をしながら、なんとも言えない表情で亡骸になったアリエルを見つめていた。そうだよね……あんな感じでも国王からすれば自分の子供だもん。
辛くないわけ、ないよね。
すると、ビャクコさんが狼狽する全員を睥睨しながら言い放った。
「人族の王よ、詳しい経緯はアインから聞け。この哀れな王女は既に貴殿の子ではなかった……邪なる者に魂を貪り食われ傀儡と成り果てていた」
「そんな、ことが。私の目はいつからこんなにも
……危うく大義を見失うところであった。獣族の王よ、その手を汚させてしまった事に謝罪の意を——」
「よい、気になさるな」
そのまま国王以外のその場にいる全員を見渡しながらビャクコさんは続ける。
「余は、この場に友誼を結びにきた……しかし、勘違いするな。余が友誼を結ぶに足ると判断したのはこの国ではない——アインただ一人においてだ」
「へ?」
「まあ、そうだろうな……」
リヒトさん? なんか納得してるけど? え? 私!? なんで? 殴ったからだよ! 私のバカ!
私一人と友誼を結ぶって……ちょっと重すぎじゃない? ビャクコさん。
「よって、この国にアインが自ら望み、その意思で留まり生きる限り、余はこの国に対して何があろうともこの拳を向けることはすまい。
だが、アインが望むのならば、相手理由を問わず我ら〝獣の武力〟はアインの牙となろう」
うぇえええええええ!?
ちょっと待って! ちょっと待ってよ!?
それは、つまり?
この国がビャクコさん達の力が必要、イコールで私が必要的な感じになるよね? 重い、重いよ!?
確かにこれで、私への地味な嫌がらせとか出来ないかもだけどさ?
え? 勇者召喚してやろうとしていた事と結果変わらないって? 違う、違うんだよ! ごめんなさい!
謝るからっ!?
フワフワした理由で人の人生を巻き込んでごめんなさいっ!
でもほんと、フワフワしてたのっ! 白馬の王子様こないかなぁ?
そうだ、来ないなら呼べばいいんじゃんっ! くらいフワフワしてたの!!
全然、言い訳になってないけど。
ほら、ビャクコさん? 兄とか姉の射殺すような視線が私に突き刺さってますよ?
これ、ビャクコさん帰ったらヤバイんじゃないですかね?
私が一人怯えるように視線を彷徨わせていると、ふいに俯くリヒトの背中が目に止まった。震え、てる?
いや、怒ってるのかな……なんで? 瞬間、ビャクコさんから息苦しいほどの圧と殺気が放たれる。
「一つ、忠告しておこう……
貴様らが今〝力〟だと履き違えているその〝椅子〟がどれほど矮小なものであるか身をもって知りたいと言うのならば、闘争を持ってその身に刻んでやろう。
我らが〝獣の武力〟と呼ばれ、様々な国から侵攻を受けてなお、どの国にも膝を折っておらぬ理由。
わからぬとは言うまい?」
殺気を向けられていない私でさえこれほどに息苦しいのだから、あの殺気に晒されている兄姉は喉元に刃を突きつけられるよりも恐ろしく感じているだろう。
裏付けるように、普段から傲慢な態度の第五王女シルヴィアも俯き小刻みに震えているのがわかる。
実際、数名の侍女達は恐怖に身を竦めてガチガチと顎を鳴らしながら床を暖かい物で湿らせていた。
いや、バカにしないよ? 本当にそれぐらい怖いんだよビャクコさん。
私は、ビャクコさんが基本いい人なのを知っているし、こんな人が自分の為に怒ってくれているって思うとこの緊張も少し、居心地がよかったりするんだけどね。
あれからややあって……随分ややあったけど。
国王はビャクコさんの宣言を承諾し、あんな事があった後でも国の威信にかけてビャクコさんを持て成すと言い張り、宴を決行した。
その場の空気と言ったらもう……口に出す事すら恐ろしい混沌とした空気だったけど、無事に宴の時間も乗り越え、ビャクコさんは数日滞在する事になったので今しがた部屋まで送り届けたところだ。
「……疲れたね」
「ん? ああ……特にアインはお疲れだったな」
なんだろう、またちょっと素っ気ない?
いや、そんなことよりも、イリナやコクライがいない今がチャンス。
こんな大騒動は流石に予想してなかったけど、今日私はこの気持ちをリヒトに伝える。
——どんな結果になっても。
「ねぇ、リヒト? ちょっと付き合ってもらってもいい?」
「……そうだな、俺も話したいことがあったんだ」
うわぁ。
ただでさえ緊張で心臓バクバクなのに、まさかの〝話がある返し〟ですか……怖い、めっちゃ怖いよ。
「そっか、じゃあちょっと手を借りても、いいかな?」
「手? どうするんだ?」
リヒトが疑問を浮かべながら私に手を差し出してくる。
震える自分の手に言い聞かせるように私はリヒトの手を強く握った。
「え? なにを——」
「——来て。ぽん太、ジョセフィーヌ」
リヒトの困惑を余所に、私の手の平に構築された魔術式から
「ジョセっ……いや、統一感っ! じゃない、一体何を」
「マーリンの塔まで、お願い?」
「キィイ!」
「キュィイ」
「は? ちょ、まてって! 説明……」
リヒトの声を置き去りに、私たちの姿はその場から一瞬で消え去った。
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