*終章*王女と勇者
第43話:天才召喚魔術師と兄姉の陰謀
ビャクコさんと王国に帰還してどうなることかとハラハラしていたけれど。
それにしても、私への〝褒美〟が友誼を結ぶことだったなんて。
まあ、嬉しいかって言われればちょっと微妙だけど。
内情を知らないビャクコさんなりに考えてくれた誠意と思うとやっぱり嬉しいかな。
意味も分からず部外者をこんな所まで連れてきたのかって?
当然ですよ、「何しに来るの?」なんて恐ろしいことビャクコさんに聞けないです。
「構わない。礼を失してこの場に来たのだ。この国の作法に最後まで乗っ取ると約束しよう」
「おお、感謝するぞビャクコ殿! では盛大に宴の準備を——」
「っけ、気に入らねぇな! 獣族の大将さんよぉ? 大体コイツは本物なのか?
命辛々逃げ帰ってきたアインとアルフレッドの野郎が用意した適当な獣人じゃねぇのか?
大体アルフレッドの奴はどうした? なんで勇者殿と〝王族のフン〟しかいねぇんだよ」
突然声を荒げ立ち上がった第三王子ヨシュアが安い挑発をビャクコさんに投げつけながら近づいていく。
あーあ、死んだよあの人。
前にも同じ様なことリヒトに言って痛い目にあったのに、懲りないね?
ああ言うことを言わないと死んでしまう持病とか呪いでもあるの?
にしても王族のフンね……久しぶりに言われたなぁ、私は役に立たない残りカスですって。
でも、なんか不思議。
あんなに不愉快な言葉なのに私の心になんの痛痒もあたえないのは、今にも殴りかかりそうなリヒトの表情を見て嬉しく思っている私がいるからだろうか。
「……リヒト? 大丈夫だから、ありがとう」
「っ! アイン——」
力強く握られていた拳を何となく、本当に何とんなく上から握ってみた。
大きくて優しそうな手……すると、震える様に解かれた手が私の手を握り返す。
トゥンクって、本当に聞こえるんですねっ!?
て言うぐらい心臓が飛び跳ねたのを感じた私。
なんて大胆なことをしでかしたのかと我に返り、誰かに見られる前にスッと手を引っ込めた。
ヤバい、めっちゃ顔が熱い。
恐る恐るリヒトを見上げる。
リヒトもどこか居心地が悪そうに頬を描いていた。
レアな表情いただきましたっ! 可愛いぃ、ごちそうさまでした。
当事者感覚ゼロでホワホワしていると、静かに見据えるだけで反論しないビャクコさんに対して調子に乗ったヨシュア。
見下す様にビャクコさんの前で腕を組み、その肩へと気安く手を伸ばそうとする。
はい、ご愁傷様。
「ヨシュア! 無礼であるぞ!! 下がらぬかっ!」
「あ? なにムキになってんだよ親父殿は、大体コイツが本物だったとしてもただのガキじゃねぇか……
それによ、本物の王が護衛もつけずにのこのこ来るわけがねぇ」
国王はビャクコさんの纏う雰囲気を悟っているのか、その表情に焦燥を募らせる。
呼び止められたヨシュアが一瞬眉を潜めたが、従うことなく無遠慮にビャクコさんの肩に触れる。
「獣王に祭り上げられて舞い上がっちまったのはわかるが、正直に話して帰んなガキ——」
「無礼であるぞ、下郎が」
パンっと軽くビャクコさんが肩に置かれた手を払った。
「——っつ!? ぐぁああ!! 腕、俺の腕がぁあっ!?」
軽く弾かれただけの腕は、肘から先が真逆に折れ曲がってだらりとぶら下がっていた。
「ビャクコ殿!? これは明確な敵対行為です! あなたが本物の獣王であったとしても他国の王族に怪我をさせるなど許されることではないっ!!」
そこへ立ち上がった第一王子のアレクサンダーが衛兵を率いてビャクコさんを取り囲む様に陣取り、自らも腰に携えた剣に手を添える。
「なるほど、これが貴様らのやり方……と言うわけだな人族の王よ」
一切動じることなくビャクコさんが国王へと視線を向ける。
「ぐっ——ぬぬ! やめよと言っているのがわからぬか愚息共めっ!!」
いつもはいい様に扱われているだけの国王が珍しく顔を真っ赤にして怒っていた。
そして自らビャクコさんを庇う様に衛兵達の間へと割り込み、アレクサンダーを睨む。
「父上——そこをお退きください。このままでは友誼どころか、我が国の威信に関わります」
「ならぬと言っておる! 国王命令だ! 剣を置きビャクコ殿へ非礼を詫びよ」
国王は本当にわかっている様子。
ビャクコさんが本気でこの国と戦争なんてしたら間違いなく王国は甚大な被害を被る。
「正気ですか父上、この僕に……たかだか小国の王程度に頭を——」
「それ以上を口にすれば、私が貴様を斬るぞアレクっ!」
今までに見せたこともない怒気を顕に国王が叫ぶ。
アレクサンダーは忌々しいものを見る様に国王とその背後に佇むビャクコさんへと眼光を向ける。
「もうよい、人族の王よ。余は余に拳を向ける者を寛容に受け入れる」
「し、しかし! 貴殿にこの様な非礼をこれ以上続けさせるわけには——」
「よい。ここに誓おう、余が今から告げる口上を違えぬ限りこの国の敵にはならぬと」
「感謝しますぞ、獣王殿……その口上とは」
「その前に、貴様と、ここにいる者らは貴国の王子、王女で間違いないな?」
ビャクコさんは静観している兄姉と苦虫を噛みつぶしたような表情のアレクサンダー、未だに腕を抑えながら情けない声を出しているヨシュアを見据えながら国王へと問いかけ、国王は無言で頷いた。
「貴様らの様な俗物がアインの兄や姉か……笑えぬな」
「——っ! ビャクコ殿!? 今の言葉は聞き捨てなりません!!」
ついにアレクサンダーは限界を超えたのか、勢いよく剣を抜いてビャクコさんへと斬りかかる。
国王の表情が青ざめその場にいた誰もが息を呑んだ。
まぁ、息を呑んだ理由は言わずもがな。
ビャクコさんが振り下ろされた剣を何事もなかったかの様に二本の指で挟み込んで受け止めたからですけどね。
「——!? なっ」
パキンっと甲高い音が鳴り響く。
指二本で叩き折られた剣がアレクサンダーの膝と一緒に地面へと落ちた。
絶対この人、どこかしらの星のなにかしらの戦闘民族さんだと思うんだよね。
逆かな、指から死ぬビーム出す方かな。
「一つ聞く、貴様らの中でアインに対しアルフレッドなる下郎を差し向け姦計に嵌めた者はいるか?」
おっと、物凄い豪速球を投げたよビャクコさん!
確かにどう説明したものか迷っていたけれどもさ。
「……」
そりゃ誰も応えないよね?
いきなり犯人名乗り出てくださいって言って出てくるならわざわざ麻酔バリとか変声機とかチョビ髭のおじさんとか、いらないもんね。
「そうか、わかった」
ビャクコさんどうするつもりなんだろう。
と考えた瞬間、呟きをこぼしたビャクコさんの姿が瞬く間に掻き消え、慌てて視線を巡らせた私は思わず口元を抑えて目を見開いた。
「アリエル……お姉さま?」
我関せずと言った雰囲気で傍観していた兄姉の席まで一瞬で移動していたビャクコさんは、その手で第二王女のアリエルの首元を持ち上げ宙吊りにしていた。
「——が、ぐ、ぐる、し、ぶれ、いも、の!! に、いさ、助け」
「そう騒ぐな、貴様がアインを姦計に嵌めた黒幕か? 応えよ。
応えなければ肯定とみなし、この場で首をへし折る」
感情の見えないサファイヤの美しくも冷たい瞳が、もがき苦しむアリエルの様子を淡々と見据えている。
周囲の人間も突然の出来事に思考が追いつかず硬直したまま動けずにいた。
第一王子のアレクサンダーだけはギリっと歯を食い縛り、ビャクコさんへと掴みかかろうと走り出した。
「従者、そこの阿呆を止めておけ」
「——あんたの従者ってわけじゃないんだけどな?」
「邪魔だ! どけ!! アリエルを離すんだっ——」
アレクサンダーがビャクコさんに届くよりも早く、その前方に現れたリヒトの手刀がすれ違いざまに第一王子の頸椎に放たれる。
おお!! 生の「トンッ」で気絶させる絶技っ!? ファンタジーだけかと思ってた!!
この世界ファンタジーだった!!
意識を奪われたアレクサンダーがその場に倒れ込む。
その光景に誰もが息を呑み、再び硬直を強制させられ。
それにしても私は、とんでもない人を連れてきてしまったようです。
これは、王国追放もあり得ますね?
その時は、獣族の国にお世話になろうかな……妃にはならないけどね。
ダラダラと冷や汗が流れ落ちる私など意に返すことのないビャクコさん。
アリエルへと拷問じみた問いを続ける。
「貴様の他には誰が絡んでいる? そこで寝ている男も同類か? 面倒よな。二人ともこの場で逝くか?」
鬼? 悪魔? めっちゃ怖いよビャクコさん。
絶対、絶対に怒らせちゃいけない人だよ。
だが、その言葉にアリエルの反応が一変し、王女としての表情が醜悪な魔物のように変質した。
「ぐ、グッふ——すべては、にい、様、のため!!
あの、無能なっ! 王を、しりぞけ、兄さまと……ぐっ、おのれぇええ!! 獣風情ガァァアアアアア」
徐々にアリエルの変化は表情だけでなく、皮膚から鱗のようなものが生え始め瞳は縦に裂ける爪が鋭利なナイフのように伸び、口元には鋭い牙が現れ始める。
その姿は、獣族の国で対峙した“ナコンダ”の姿と酷似していた。
「そうか、では逝け……哀れな人族よ。そして詫びよう、貴様の醜さに付け込んだ同胞の非礼を」
ゴキン——鈍く聴き心地の悪い音が響くと、アリエルの表情から正気が消えがくりと首がうな垂れた。
興味が失せたように緩められたビャクコさんの手から、醜悪な様相に成り果て最早人族の原型を留めていないアリエルの亡骸が崩れ落ちる。
「従者、そっちへ行くぞ——仕留め損ねるなよ」
「——!? そう言うことか、こんなことならイリナも連れてきておくんだったな」
え? どう言うこと? イリナは確かに問題起こしそうだから連れてきてないけど?
いや、それ以上に収集つかない状態だよね?
もう私キャパオーバーですけど!? これ以上なにがあるって言うのさ!?
リヒトが咄嗟に、先ほどビャクコさんが折った剣の刃先を持ち身構える。
瞬間、亡骸となったはずのアリエル、その身体が歪に脈を打ち、口から毒々しい色をした蛇のような魔物が這い出たかと思うと、アレクサンダーへと向けて凄まじい速度で飛び出した。
「ッシ! グロいんだよ……完全にホラーじゃねぇか」
リヒトの手元がブレる。
視線の先を追えば、剣の刃先で頭を床に縫い止められている蛇の魔物が苦しそうにのたうち回っていた。
やがてその動きを止めた蛇の魔物は灰のようにボロボロと崩れ去っていった。
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