第42話:天才召喚魔術師の帰還

 ガルムス王国。


 人族の領土最大規模の王国にして、私が第十番王女として転生した国。


 私はこの国があまり好きじゃない——いや、正直言って嫌い、大嫌いだ。


 城内の人間は露骨に私を蔑んでいるし、兄姉は腹黒い、父である国王はちょっと抜けているし、何よりこの城にいるだけで気が休まらない。


 何度も逃げ出そうとした。


 城を抜け出して一人で生きていこうって——その為にわざわざギルドで〝サクラ〟なんて昔の名前を偽名で登録して、その活動で得た貴重品なんかを少しずつため込んでいたりしたけど。


 一歩のところで勇気が出なかった。

 ここまで面倒を見てくれたマーリンへの負い目もあったんだけど、一番は〝過去の自分〟と重なるのが怖かったんだと思う。


 逃げることで、自分が〝本当は弱い〟人間なんだって認めるのが怖かった。


 だから、どんなに嫌な環境でも平然とそこに居る自分を演じることで痛みを誤魔化し、弱さを隠した。


「ほ、本当にいくんですか? ビャクコさん……」


「当然だ、その為に余は来たのだからな」


 私たちは今、王城の中に潜入? というか、ポチに乗ってビャクコさんを連れたまま正門に降り立つわけにもいかないから、こっそりと戻ってきた。


 現在は玉座につながる扉の前に全員で立っている。見張りの兵士? 

 ああ、ビャクコさんが凄んだだけで気絶しちゃいましたよ? マジパネェっす。


「まあ、ここは獣王様に任せた方がいいと思うぜ? なかでは茶番の真っ最中みたいだからな?」


 リヒトが扉の先を親指で刺しながら悪戯な笑みを浮かべている。


「な、何でそんなに楽しそうなのよ?」


「アインを嵌めた野郎を引きずり出せる。どんな顔するか考えるだけで笑えてくるだろ?」


「ぇー、趣味悪っ」


 緊張感のないやり取りに思わず私の表情も綻ぶ。


 この世界に生まれて初めてだ……こんなに心が軽いのは。


 誰かが一緒にいて、私のことを考えてくれている。


 それだけで私は救われているって実感できる。

 今までの私……弱さを隠した虚勢だらけの強さを振りかざす私はもういない。


 この扉を開ける時も、以前は震えていた。でも今は怖くない。


 私は弱いままだけど、その弱さを支えてくれる人が今は近くにいる……こんな簡単なこと、でも私一人だったら絶対に気付けなかったことをリヒトが教えてくれた。


「リヒト……ありがとう」


「ん? どうしたんだこんな時に、改まって」


「何でもないっ、じゃあ開けますよビャクコさん?」


「うむ、いつでもよいぞ」


 リヒトがどんな決断をしても、その結果どんなに私の心が辛くなって、泣き喚く結果になったとしても、私のリヒトに対する感謝や想い、今感じている気持ちに偽りはない。


 そう思うと、重かった心が目の前で開いていく扉と同じくらい軽く感じられる。


 室内から漏れ聞こえる喧騒をかき消す勢いで私はドンっと扉を開け放った。


「目下戦争中の獣族の国に、王女を差し向け死なせるなど! この様な蛮行とても許される行いでは有りませぬぞ……国王——な、に!?」


「お話中失礼いたします! アインと勇者リヒト様、今ここに獣族の国ギルガオスの獣王ビャクコ様を連れて舞い戻りました!!」


「「「「————⁉︎」」」」


「お、おお! アインに勇者殿! よくぞ、よくぞ生きて戻られた!」


 まさに私のことで貴族等から糾弾を受けている真っ最中だった国王をはじめ、アルフレッドを除く一番から九番まで兄姉が、それはもう凄い形相で私を見ていた。


「——っ、事前に使いも出さず、何事ですか!! はしたない……少しは、王族としての立ち振る舞いを覚えなさいな! それで? そちらの獣族は?」


 硬直する兄姉の中で真っ先に立ち上がったシルヴィアが長いまつ毛を向け捲し立てる様に言葉を放つ。


「申し訳ありません、お姉さま——こちらにおられるお方こそが」


「よい、ここからは余が話そう」


 私の言葉を軽く手で制したビャクコさんは、悠然とした足取りで国王の側まで歩み寄る。


 衛兵が腰の剣に手をかけて警戒態勢をとっているがビャクコさんの一瞥で身動きが取れなくなっていた。


「貴殿がこの国の王で間違いないな?」


「い、いかにも……」


 その迫力にゴクリと息を呑む国王は必死に平然を装いながら頷き返す。


「そうか、余は獣王ビャクコ……今日は貴殿の国と友誼について話にきた。使者も出さず、無礼な来訪をしたことには寛大な配慮を願いたい」


 友誼という言葉に強張った表情を緩ませながら国王はゆっくりと息を吐いた。


「な、なるほど。友誼を我が国と……〝獣の武力〟と名高き貴国と友誼が結べるのは願ってもいないこと    

 ——という事は、我が国の〝拳〟とやらが貴殿に届いたと?」


 国王の言葉にフッと微笑を浮かべたビャクコさんは自分の頬に一度手を触れて私に一瞥を投げた後国王に向き直る。


 え? なに? 今のなに?


「ああ、確かに届いた。余の魂を揺さぶるほどの見事な拳であった」


 そんな拳がどこに? あの場でビャクコさんにダメージを負わせた人なんて……


 あ、もしかしてコクライ——ふとリヒトに視線が向く。


 リヒトは何やら苦笑いを浮かべながら私を見ている。

 

 ん? 私? いやいや、私がビャクコさんに攻撃なんて。


 脳裏によぎる光景、恥ずかしい言葉を叫びながら拳を振るう私の姿と吹き飛んだビャクコさん。


 殴ってるわぁ、私、めっちゃ獣王様の顔殴ってるわぁ。


 今更だけどなんて恐ろしいことを勢いでやっちゃったの私!?


  普通に極刑だよっ! 王じゃなくてもビャクコさんを殴るなんて自殺行為ですよ!?

 

「おお! それは誠かっ! 勇者様か、アルフレッドか! どなたでもよい、この武勲には相応の栄誉を持って応えねばなるまい!! ビャクコ殿! 今宵は我が国にて歓迎の意を表したいのだがよいだろうか」


 思いっきりテンションの上がった国王が目を輝かせながら叫びまくる。


 大丈夫かな……ビャクコさんに唾飛ばしたりしてないよね? 内心冷や汗が止まらない私だった。

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