第33話:天才召喚魔術師と牢獄での出会い

 

 春野美咲の日記——


 今から私は、篠崎エリカさんのところへ今みたいな嫌がらせを辞めてほしいと頼みに行こうと思う。


 私のせいでサクラちゃんを巻き込んでしまった。本当に私はダメな人間だ。


 きっとサクラちゃんは、優しいから私が平気なフリをしたり気丈に振る舞うと、サクラちゃんも強くあろうとする。私がエリカさんの所に行くって言えばきっと、助けになろうとしてくれる。


 でも、それは、それだけは絶対にダメ。これ以上サクラちゃんを巻き込むのは私の心が絶対に許せない。

 

 だから、私の弱さは全部、サクラちゃんに預かってもらってきた。


 怒ってたなぁ。嫌いになっちゃったよね。


 私だって重いって思うよ、あんなこと言われたら。


 ちゃんと仲直りできるかな……できなかったとしても、今度は私がサクラちゃんを助けるばんだから。


 もし、全部解決できたら、また二人で学校に行ったり、一日中二人で引きこもって本を読んだり、楽しい時間をたくさん二人で過ごしたい。


 お兄ちゃんに紹介もしたいな。


 あー、でもサクラちゃんはすごく可愛いからなぁ。


 お兄ちゃんが好きになっちゃわないか少し心配?


 んー、それはそれでいい考え? 私の大好きな人達が好き同士になったら、それってすごく素敵な事かもしれない。


 よし、楽しいことを考えたらなんだか気持ちも整理できた! 怖いけど、頑張れ私!

 

 あんなに可愛いくて強い親友と、カッコよくて頼りになるお兄ちゃんがいるんだもん。


 きっと大丈夫。







 日記を読み終えた私の身体は、私の言う事なんてちっともきかず子供のように泣き続けていた。


「み、さきっ——美咲の、バカ、バカだよ……勝手に預けられても……あんたがいなくなっちゃったら、返せないじゃんか!! ごめ、んね、ごめんね、美咲っ。助けられなくて、ごめんね——」


声を押し殺して泣き叫ぶ私の身体を、優しい腕が力強く、グッとその胸元に引き寄せる。


「悪かった——不器用な妹の分も、そして、前世で君を救えなかった……間に合わなかった不甲斐ない俺の分も、謝らせて欲しい。

 辛かっただろう? こんな場所で、こんな世界で、たった一人……理不尽な環境に立ち向かいながら生きていくのは。

 よく、頑張ったな。無事とは言えないかもしれないが、こんな形でも〝姫神桜〟という存在が生きていてくれた事、こんな俺が……君に、妹の残した思いに、再び関わりを持てた事を嬉しく思う」


 心が震えた。


 彼の言葉は幾重にも重ねた心の檻とその鎖を断ち切っていくかのように心の奥底へと響き渡る。

 独りよがりで身勝手で、ささくれていた私の心に陽光を灯してくれているようだった。


 鉄と錆の匂いが立ち込める陰鬱とした空間の中、ただ私の心はこの十五年の間で一番救われていた。


 泣きはらした瞼を通路らしき方向へ向ければ、憤怒の形相をしたコクライと瞳に狂気を宿したイリナが、通路の奥から攻めてくる敵を一瞬で仕留めては、兵士の山を築いている。


「ごめん、なさい——私も、戦わなきゃ」


「まあ、落ち着け。あいつらなら大丈夫だろ? たまには誰かに思いっきり頼ってみるのも悪くないぞ?」


 いまだに私を抱きしめてくれているリヒトが柔らかく頭を撫でながら微笑む。


 とても心地がいい。こんな風に人の優しさの上で素直に甘えるなんていつぶりだろう。


「うん——その、ありがとう……ございます。助けて、くれて」


「なんだよ、らしくないな? いつも通りデレの後はツンで攻めてもらわねぇと調子が狂うというか」


「わ、私そんなキャラだった……? ごめん、なんか自覚なくて。リヒトにも酷い事いっぱい言った」


 なんだか心の憑き物が取れたように澄んだ気持ちになった私だけど、過去の言動を振り返るとそれだけで自己嫌悪に陥りそうだ。そんな事を考えるだけで自然と涙が溢れてくる。


「……しおらしいのも悪くはないが、そろそろ笑った顔くらい見せてくれてもいいんじゃないか?」


 フッと悪戯な笑みを浮かべながら顔に添えられたリヒトの両手が私の頬を摘みムニっと持ち上げる。


「ぷ、フハハっ、泣きながら笑うお姫様」


「ひょ、やめへよっ」


 あれだけ泣いたのだ、きっと酷い顔をしているに違いない。けれど、そんな私の顔を見て無邪気に笑うリヒトの表情にどこか安心感を与えられ、気がつけば私の口元にも自然な笑みが浮かんでいた。


「ふふ、あはははっ、本当、王女の顔で遊ぶなんて、大問題だよ? ふふふ」


「確かに、前代未聞だなっ」


 すぐ近くで聞こえてくる争いの喧騒などまるで嘘のように、私の視界には暖かく一際鮮やかな世界を取り戻してくれたリヒトしか映っていない。


 私に願うことが許されるなら、この人といたい。ずっとこの暖かな腕に抱かれていたい。


 気がつけば、私の心はそんな事ばかりを考えてしまっていた。




 ああ、ヤバイ……これは〝好き〟だ。




「……」

「……?」


 私は無意識にリヒトの瞳へと吸い寄せられていた。


 鋭い双眸の中にある深海のような群青の瞳、怪しく妖艶にすら見えるその光は、しかし、よく見れば月明かりに照らされた海の様にすら感じられる。


 その魅力に気がついてしまった私の瞳は、もう逃げることが叶わないと悟り静かに瞼を閉じる。


 震える唇は縋るように交わりを求め、抗えない力に引き込まれて。


「……ふむ。良い演目ではあったが、この場所では華があるまい? 余の前で演じるならば、しかるべき壇上とふさわしい音色が必要であろう」


「——⁉︎ 誰っ」


「……」


 その声は、連なった牢獄の奥にある一際頑丈そうな格子に覆われた薄闇の中から響いてきた。


「余に気づいていなかったか……男は気がついていたようだが。まあ良い、人族の王女よ、其方の涙に免じてここは許そう」


 格子の奥へと目を凝らせば、人影がスッと立ち上がり鉄格子へと近づいてくるのが見えた。


「あんたは、何者だ? って聞くまでもねぇな……牢に入れられているって事は罪人だ」


 リヒトの雰囲気がガラリと変わり、その意識が警戒を張り巡らせているのがわかる。

 鋭く細められた双眸は牢屋の奥を射抜く。


「ほう、良い殺気だが? 余は咎人ではないな」


「そうか、じゃあ俺たちになんの——」

「危ないっ!!」

 

  瞬間、太い鉄格子の一本が弾け飛び、リヒトへ向かって飛来する。

 私が動くよりも早く迫ったその鋭利な格子の先端をリヒトは難なく身を捻って避けた。


「いきなり何すんのよっ——」


 リヒトの無事な姿にホッと胸を撫で下ろしながら、全身に魔力を巡らせ牢屋へと振り返った私の眼前に、いつの間にかその人物はいた。


「いきなり何か、とはこちらの台詞だ。余は王、獣族の国〝ギルガオス〟の獣王ビャクコ。ここは余の庭ぞ……部外者は其方らであろう?」


 凄まじい殺気に私は思わず一歩引き下がってしまった。言外の圧力、目線を合わせているだけで冷や汗が全身から噴き出てくる。


 サファイヤのような瞳は美しくもあるが見ているだけで凍えそうな怖気に襲われる。


 端正な顔立ちに、スラリとしたフォルム。

 だけど半裸の上半身は強靭な肉体なのだと一眼でわかるほどに引き締まっている。

 腰に布を巻いた姿は〝アラビアンナイト〟にでも出てきそうな装いで、何より気になるのは。


「ケモ属性の超イケフェイス。じゃなくて……白虎?」


 真っ白な髪の間から生えた獣の耳と服の裾から見え隠れしている白黒の虎模様の尻尾。


「ほう、余の覇気に当てられて平然としているとは……見上げた胆力だな」


 フッと、その手が私の顔に添えられ、顎をクイっとされた。


 人生二度目の顎クイ。


 私は、必死に目の前の人物を睨みつける。

 だが実際、指先すら動かせない程に目の前の人に私の身体は萎縮していた。


「おっと、うちのお姫様を簡単に触ってもらったら困るんだけどなっ——」

「不敬であるぞ、王女の従者。しばし寝ていろ」


「——っ!?」


 私の顎に当てられた腕を掴み、振り払おうとしたリヒトの姿を一切視界に入れる事はしない。


 視線は私に固定したまま、リヒトの足元に一瞬で足払いをかけた。

 バランスを崩したその背中に振り下ろした拳。一撃であのリヒトを地面に沈めた——ように見えた。


 わずか一秒にも満たない出来事。


 正直、目で追うこともできなかった私は、リヒトの姿を見て初めて状況を判断する事しか出来ない。


「気に入った。人間の王女よ、余の妃に——」


 目の前の光景に瞠目するよりも早く、私の怒りはリヒトの姿を視界に収めた瞬間から沸点を超え、考えるよりも先に全身が動いていた。


「私の、勇者様に……何してくれてんのよっ!!」


「——っ」


 最大魔力を込め真っ直ぐに振り抜いた拳は獣王の顔面を貫き、その身体ごと牢獄の奥まで吹き飛ばした。


「——なんと」


 だが、そこまでのダメージを与えられなかったのか、わずかに口元から流れ出た血を拭いながら、それ以上に驚愕の表情で私を見据えている獣王。


「ご主人様!?  てめぇ、クソ猫ガァ! 喰い散らかすゾ!!?」


(大丈夫かっリヒト! 待っていろ、今すぐに治癒を——ああっ! 我は治癒が使えぬのだっ!?

 嬢! 早く、リヒトに治癒をっ)


 異変に気がついた二人が敵をそっちのけでリヒトの元へと駆け寄る。

 イリナが獣王を睨みつけ牽制し、コクライはあたふたと飛び回っている。


「う、うん——わかった」


 気が動転していた私もコクライの言葉で我に返り、あまり得意ではない治癒の魔術式を展開してリヒトへと施す。


 魔術師であれば殆どの者が使える基本的な治癒術だけど、見る限りリヒトの怪我レベルならなんとかなりそうだ。


「攻撃がやんだぞ! 今のうちに賊を制圧せよ!!」


 防波堤となっていたイリナとコクライがこちらに来たことで、通路から一気に兵士が雪崩れ込んだ。


 私たちを取り囲んだのは、その殆どが人の姿に獣の耳や尻尾、鋭い爪や牙を持つ獣族——つまり、この国の兵であろう者たちで、その動きは統率されていた。


 先程までの有象無象の人間とは異なり彼らの練度が推し量れた。


「っ——リヒト? 大丈夫?」


「う、ああ……久しぶりに、良いのもらっちまった」


 意識を回復させたリヒトが未だダメージの残った身体を必死に起こす。


 私の拙い治癒魔術では、まだ完全に癒しきれない。


「そこの女! 今すぐに回復の手を止めよ! 従わぬならその男共々、この場で命をもらい受ける」


「……」


 手にした長槍を私とリヒトへ一斉に構える兵士達には一瞥もくれず、私は治癒に集中する。


 どうせ、手を止めたところで殺される。


 私一人しか飛ばせない〝転移〟は現状選択肢にない。

 

 行動を起こそうにも、あの〝獣王〟の隙をついて〝転移コウモリ〟を召喚する自信は、正直ない。


 どうする——違う、悩んでいる場合じゃない。

 せめて、リヒトだけでも……美咲の大切な人を、守らなきゃ。たとえ、命をかけてでも。


「イリナ、武器になってリヒトの近くに」


「ご主人様以外が、ウチに命令すんじゃ——きひひ、いい女の面じゃん? アイン、てめぇに任せる」


 瞬間、その姿を鎌に変えたイリナがリヒトの手元に収まる。


「な、なんだ今のはっ!?」


 鎌に変わったイリナを見て驚愕した兵士達の視線が、リヒトの手元へと釘付けになっている隙に。


「アイン? 何する気だ!?」


「リヒト。迷惑ばっかりで、本当にごめんね? 助けに来てくれて、ありごとう。

 コクライ? あとは任せるね」


(……バカもの。あたりまえだ)


 一歩、後ろへと飛び退いた私は最も慣れ親しんだ術式を世界最高の速度で編み、無詠唱で展開する。


「魔術だと!? 総員かかれっ! これ以上何もさせるな!!」


 私がやろうとしていることなど、想像出来るはずもない兵士達は最大限に警戒を引き上げ、その穂先が揃って私へと向けられる。


「アインっ!!  待て——」

「——来なさい」


 手の平に召喚された小さなコウモリは、瞬時に私の意図を理解しリヒトの元へと飛びついた。


 瞬間、リヒト達の姿を一瞬でかき消した。

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