第34話:天才召喚魔術師と獣王

 その場にある全員の視線が注がれる中、苦しげな表情で私へと伸びていた優しい手がどこへともなく消え去った。 


「な、なんだ! 何が起きたっ!?」


 転移など目の当たりにしたことがない兵士達が驚愕に目を見開いている中、それでも意識を私から逸らさずにいた数名の槍が、その穂先を隙だらけになった私の胴体へと向け突き出す。


「——っ?」


 咄嗟に瞼を閉じた私は、不意に肩を抱かれた温もりに驚きながら恐る恐る目を開けた。


「其方、中々に愉快だ。余をここまで楽しませた褒美をやろう」


 透き通るような白い肌に、サラサラの白髪。サファイヤの輝きを思わせる瞳がこちらを見据えていた。


「じゅ、獣王? なんで……」


 グッと至近距離に抱き寄せられた私の顔をまじまじと見つめながら、獣王は平然と告げる。


「言ったであろう? 其方に褒美を取らせると」


 う、美しいお顔ですね——っじゃない! モフモフにイケメン、これ最強では……あぁあっ! 違う!! 


 ステイ!! 私の本能ステイ!?


 私は、浮気な女じゃないもん!?

 いくら超理想的なシュチュエーションだとしても! 相手がイケメンのもふもふ属性だとしても!?


 わ、私の心にはもう、り、リヒトがいますから? もう空席埋まっちゃいましたから!?


 恥ずかしさやら、なんやら、困惑に目を回し、沸騰してしまいそうな思考を必死に沈める。


 チラリと兵士達へ視線を向けてみれば私同様に困惑した様子で獣王へと視線を向けていた。


「な、なぜ貴方様……いや、貴方がこの場に。どうやってあの堅牢な檻を」


 おや? 確か、この方〝獣王〟って言ってなかった? なのに、どうして槍を構えられたままなのでしょうか? 周りの兵士もめちゃくちゃ殺気だっていますし。


「あの程度で余を封じていたつもりだったのか? 哀れよな」


 そうだよね? この人牢屋にいたんだよね? 普通、王様は牢屋にいないよね。


 つまり、この超絶モフモフイケ——ステイッ!!! このお方は一体、誰? 


 もしかして奇跡的に乗り越えたかも? とか思っていたのって、勘違い? もしかしなくてもピンチ?


「——っ……そ、総員構え! この男はもう〝獣王〟にあらずっ!! 命に変えてもここで押し留めよ!」


 やばいっ! 咄嗟に身構えて魔術式を展開しようとする私を、しかし、がっちりと胸元に抱き寄せたままの腕はピクリとも動かせず、事実私は借りてきた猫の如くプルプルするだけで身動きすら取れない。


 自称、そこそこ最強だと思っていたんだけどな……私。結構、弱くない? 私。


 再び私と自称獣王へ向けられた槍が周囲から迫りくる。


「口を慎め、下郎——」


 獣王は、特になんの素振りを見せることもなく、冷静に静かに、ただひたすらに重々しく言葉を発した。


「「「「————」」」」


 息をするのも躊躇われる程の重圧。


 まるで肌を焼かれているようにひりつく殺気を感じ、私は息を呑んだ。


 槍を構えていた獣族の兵士達はそれだけで震え始め、次々にその手から槍を手放して膝を折る。


 その中に何故か平然と混じっていた王国の兵も、恐怖に身を竦めサファイヤのような碧眼から視線を逸らすように俯き立ち尽くしていた。


「地に伏して道を開けよ。余が、通る」


「……えぇぇ」


 先ほどまでの敵意が嘘のように、無言のまま引くほど統率された動きで自称獣王の為の道を開ける。


 私は、自称獣王にしっかりと肩を抱かれたまま。


 史上最高に居心地の悪い道を悠然と歩くその隣を俯いて歩いた。


 いいかげん、離してくれないかなぁ……は、恥ずかしいんですけど。

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