第8話

 蓮と拓実は、博明が寄り道した猫カフェの四階上、ボウリング場にいた。

「もう拓実君、しっかり~」

「まだ一回もストライク出して無いじゃん」

 蓮と拓実のクラスメイトである女子二人が言う。女子二人はさっきまでカフェに行っていたようで制服を着ていた。一方、蓮たちは市民公園の後、帰って着替えたため私服である。

「もうお前が球として、転がった方がいいんじゃねぇか?」

「うるさいな蓮。そこまで太ってないよ」

 拓実が言う。そして二投目のため、一人だけずば抜けて重いボールを持ち上げる。

 このボウリング場では、LLサイズが重い球にしか無かった。

「あいつ、俺たちの重さじゃ指が太くて穴に入らなかったらしい」

「ウケる」

「うるさい」

 拓実が叫びながら、そしてお腹の脂肪を揺らしながら二投目を投げた。

 しかし重さに負けてフォームが崩れてしまっている。ボールはコロコロと転がると、端の一ピンだけを綺麗に弾いた。

「はい、お前の負け~」

「やばいよ拓実。あんた、私たち二人にも負けてるからね」

 スコアボードを見上げた女子二人が言う。

「罰ゲームはどうする?」

「この前、腹踊りもやったし、パシリももう飽きたよね」

「もう普通に奢りとかでいいんじゃない?」

「え~、それじゃあつまんないよ。もっと笑える奴が良い」

「例えば?」

「そう言われると出てこないけど」

 女子二人で会話がどんどん進んでいく。

 そこに蓮が割って入った。

「二人にこれ上げるよ」

「え~、なにこれ」

 女子二人のトーンが一つ上がる。

「プリクラの無料券。前来た時の景品で貰った奴。今から撮って来なよ」

「じゃあ、蓮君も一緒に行こうよ」

 女子の一人が蓮の腕を抱え込む。それを蓮はさらっと解いた。

「俺はちょっと、こいつにボウリングを教えてやらないといけないから」

「え~」

「お願い」

 不満そうな女子二人だったが、蓮が顔を覗き込むとすぐに気が変わったらしい。

「分かった。じゃあ、私たち二人で撮って来るから」

「うん。ここで待ってるよ」

 蓮がそう言うと、女子二人は靴を履き替えてボウリング場を出ていく。

「どうして、手を抜いたんだ。お前、ボウリングだけは俺よりも

 上手いだろ」

「ボウリングだけはってなんだよ」

 拓実が鞄からマイボールを取り出し、ボールリターンに加える。

「まぁ、俺がぶっちぎりのスコアを取ってもしらけるだけだし」

 拓実が言う。

「それに、あの二人が考えた罰ゲームやるの、楽しいし」

「ドMが」

「あれ、何してるの?」

 蓮が靴を脱ぎ始めているのを見て、拓実が言った。

「帰る」

「何でだよ。まだ一ゲームしかやってないだろ」

「もう疲れた。それに、今日は何か嫌な予感がするんだ」

「なんだよ、それ。でも携帯は良いのか?」

「携帯?何のことだ」

「あの二人、前も蓮が途中で帰ったからその対策で、俺たちのスマホ持って行ってるよ」

「なんだと」

 蓮は慌てて鞄やらポッケやらを探ってみたが、どこにもスマホはなかった。

「あいつら………」

「モテる男も大変だな」

「お前も気づいてたなら取り返せよ」

「俺は別に取られてても良いかなって」

「クソが」

 蓮は仕方なく、もう一度シューズを履きなおす。

「勝負だ。ボウリングでもお前を倒して、取柄を全て無くしてやる」

「ボウリングだけは負けないよ」


 亮太が梶井に行った。

「裕介は、駅前のハンバーガーやで傷心中。優太は家でゲーム。博明はショッピングモールで道草か家。蓮と拓実はカラオケかボウリング場。奴らの居場所は、大体こんな所だ」

「分かった。すぐに向かわせる」

 梶井が教師陣の集まっている所に行き、今の話を伝えた。すると若い教師たちが立ち上がり、すぐに出発の準備を始める。

 梶井は指示を出し終えると亮太の元に戻って来た。

「町田慎司はどこにいるんだ」

「慎司は俺が行く」

 亮太はそう言うと、職員室を出た。


 亮太は学校を出ると、駅とは反対側の山方面に自転車を走らせた。十五分ほど行くと、家も少なくなり人影が無くなって来る。

 やがて目的地に着くと、道路にチャリを置き中へと入っていく。その工事現場では数人の男たちが何かを運んでいる。奥にはいくつか重機があるが、今は使われていないようだった。

 亮太は目的の人物を見つけると、近づいていく。

「こんな所で何やってるんだ」

 作業着を着て、頭にタオルを巻いた慎司がいた。慎司は土が山盛りに積まれた一輪車を轢いている。

「バイトだよ。あんたこそ、なんでこんな所に来たんだ」

 亮太は喋りつつも、足を止めない。すると奥から、休憩を知らせる声が聞こえてきた。


 二人は工事現場を出た。亮太のチャリが停まった場所の先に、小川が流れている。その土手に二人は立った。

「お前が生真面目に働いているとはな」

「あんたが今日、麻衣には支えてくれる男が必要だと言ったんだろうが」

 慎司がそう言うと、亮太は鼻で笑った。

「そんな仕事で、麻衣のパートナーが務まると?」

 慎司は言葉に詰まる。

「恋愛ごっこなら、麻衣が相手じゃなくても出来る。お前らしくもないことをやるな」

「黙れ。俺は真剣なんだ」

「そうか、そうか」

「だいたい、こんな所まで何しに来たんだよ」

「そのお前の大切な麻衣のために、ちょっと手伝ってもらう」

「俺の事を信頼してないんじゃなかったのか?」

 慎司が言った。

「信頼していない。だが麻衣の事は信用している」

「『お前の力が必要だ。手を貸してくれ』そう言うんだな」

「生意気な後輩め」

「どっちだ。言うのか、言わないのか」

「誰がお前にそんなことを言うか」

「なんだと」

「だいたいバイトを始めて、麻衣を支えた気になっているのかも知れないが、足しにもなってない。それに、続くはずもない」

「だから別れろと?」

「お前に出来ることは、その席を他のまともな人間に譲ることだ」

「それは出来ない相談だな」

「そもそもお前は、麻衣の受験勉強を応援しているようだな」

「彼女の夢を応援して何が悪い」

「お前は何もわかってない。大学に進学したとして、誰が入学金を払う?学費を払う?生活費を払う?まさかバイトで貯めた金でなんとかするなんて言わないよな」

「麻衣が卒業すると同時に俺も高校は卒業だ。そうしたら俺は就職して金を稼ぐ」

「そんなすぐに、二人分の人生を賄う金が稼げると思っているのか」

 慎司が黙り込む。

「麻衣もいつか現実にぶち当たる。自分の前に立ちはだかる残酷さに気づく。その時、直哉と同じ道をたどって欲しくない」

「麻衣は直哉とは違う。あいつはちゃんと分かっているさ」

「いいや、分かっていない。俺たちがあいつの面倒を見られるのは高校卒業までだ。その後は、外の世界の人に頼らなければいけない」

「俺がなんとかする」

「不可能だ」

 二人の男が睨み合った。

「おい、どこ行くんだよ」

 先に目を逸らしたのは亮太である。亮太は慎司に背中を向けると歩き出した。その背中に、赤くなり出した夕日が射す。

「これから学校で、全員の意見を聞く。そしてみんなが良いと言ったなら、俺たちはコートに戻る」

「は?どういうことだよ」

 慎司は訳も分からず、聞き返す。

「どうしていきなり。またサッカーをやるのか?」

「さっきも行っただろ。麻衣のためだ。高校卒業までは、直哉から託された俺たちに責任がある」

 そう言うと亮太は自転車まで戻り、スタンドを上げる。

「ちょっと待てよ」

 慎司は慌てて工事現場の中に戻ると、自転車に乗って出てきた。それを見て、亮太が発進する。

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