第21話

 裕介は学校から三十分ほど歩いたところにある住宅街に来ていた。坂道を上ると、竹藪の前に白い壁の家が見えてくる。裕介はその門を潜ると、玄関の横にあるインターフォンを鳴らした。

 静寂が裕介の心を蝕んでいく。横にある白い壁のガレージから光が照り返って来て頬が熱い。だが額から大量の汗を流しているのは、暑さのせいだけではなかった。

 少しして「はい」と声が返って来る。その声を聴いて、緊張と安堵という矛盾した感覚を味わいながら裕介は名乗った。

 すると玄関の扉が開き、彼女が姿を現す。

「最近、全然連絡を寄こさないと思ったら、何をしていたの?」

 彼女が裕介に言った。彼女は黒い長髪を手櫛で梳きながら、いぶかしげな目を裕介に向ける。

 裕介はついさっきまで亮太からグランドリーグの事は他言するなと言われたことを覚えていた。しかし彼女が出て来てくれたことで、あらゆる記憶は意識の彼方へと飛んで行ってしまう。

「サッカーをしていたんだ」

 裕介が言うと、彼女が裕介を下から上まで眺めまわした。裕介は黙って彼女の視線に晒されていたが、やがて彼女が口を開く。

「確かに前より少し焼けたわね」

 彼女が続けた。

「それに痩せたみたいだし。本当にまたサッカーを始めたの?急にどうして?」

 彼女の頬が僅かに緩んだ。声も心なしか甘くなっている。付き合いたての頃に戻ったかのようだった。

 その顔を見て裕介の胸に温かいものが溢れ出す。その温度で、亮太の忠告は完全に溶けてなくなった。

「俺は学校を救う英雄になるんだ」

「英雄?どういうこと」

 裕介は学校の経営状況と、それを打破するため自身がグランドリーグに出場することを説明した。自分で話しておきながら手レクさんくなって頬を染める。

「じゃあまた、本気でサッカーをするのね?」

 彼女が聞く。

 それに裕介は力強く頷いて見せた。そしてそのままの勢いで裕介が彼女の手を取ろうとした時である。家の中からブルドーザーかあるいはバッタの大群が近づいてくるような音がした。

 物凄い勢いで現れた彼女の父親は、場の雰囲気などお構いなしで裕介の首を掴んだ。

「その話は本当か?」

 裕介は少ない酸素で、イエスと言うしかなかった。

 彼女の父親は裕介から手を離すと勢いよく部屋の中へ戻って行く。しかし何かを思い出したかのように引き返してきた。

「そういえば、お前うちの娘を泣かせたそうじゃないか」

 いきなりそう言われて、裕介は謝罪の言葉を口にする間もなかった。

 しかしそれを見て情けないと感じたのか、父親の怒号が轟く。

「出てけ。二度とうちの門を潜るな」

 そのまま父親に押し出され、裕介は追い出される。途中で目が合った彼女はごめんと謝りつつも、さっさと家の中に入ってしまった。

 裕介は呆然としまった玄関扉を見つめることしか出来ない。真昼の日差しが焼けた肌をさらに焼く。

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