第22話

 優太は早朝に目を覚ました。カーテンを開けると心地いい朝日が差し込んでいる。優太は一睡もせず朝日を迎えることも多かった。しかしここ数日はきちんと睡眠をとったうえで日の光を浴びているのが不思議である。

 今日は久しぶりの休日だった。前までは暇さえあれば寝ていたが、今は二度寝しようとする気にもならない。

 思えばここ数日は毎日開けているカーテンも、前に開けたのはいつか思い出せなかった。

 優太が一日をどう過ごそうかと考えていると電話が鳴る。相手はゲーム仲間の一人だった。

「もしもし」

「おっ、まだ起きてたのか。ってことは、今日の大会出場する気満々だな」

 ゲーム仲間が言った。

「いや今目が覚めたところだ」

 優太が言うと、ゲーム仲間のオーバーリアクションが電話越しに聞こえてくる。相手は朝にも関わらず深夜テンションのようだった。

「ここ数日、通話にも入ってこないと思っていたらいつのまにそんな健康人間になってたんだよ」

「まぁな、いろいろあって」

「いろいろって何だよ」

 優太は亮太から学校のことやグランドリーグの事は他人に喋るなと言われたことを思い出す。しかし、ここ数日はサッカーに集中するため一方的に連絡を絶っていたのは事実だ。その申し訳なさがないわけではなかった。今日の夕方に行われるゲームの大会も、出場を曖昧にしていたままである。

「まぁ色々は色々だよ。それよりも今日大会だろ。今まで徹夜で練習か?」

「そうだよ。全員最高に仕上がってるぜ。あとは夕方まで寝てコンディションを整えればばっちりだ。お前はどうするんだよ、優太」

 優太たちのしているゲームは同時にプレーできる人数は四人である。だがチームは補欠を含めて五人エントリーしている。優太が出なくても、試合はできるはずだった。

 しかしゲーム仲間は言う。

「もちろん出るよな?」

 優太は答えに詰まった。

「俺はしばらく練習にも参加してないし、パスするわ」

 中途半端に自分が出ても迷惑が掛かると思い、優太はそう言った。しかし仲間は諦めない。

「関係ねぇよ」

「もともと俺はそんなに上手くないしさ」

「どうしたんだよ、シュンとしちゃって。お前らしくもない。何か俺に隠し事しているだろ?」

 ゲーム仲間が言った。

 優太は思わず言葉を詰まらせる。

 優太と電話の相手は実際に会ったこともなく、隠している以前に知らない事の方が多い関係性だ。それにも関わらず隠し事を見抜かれたことに動揺した。

 顔も分からない相手。しかし真っすぐで熱苦しくて信用できる奴なのは間違いない。

 優太は結局、学校の状況とそれを打破すべくサッカーをしていることを打ち明けた。

 するとゲーム仲間が言う。

「すげぇじゃん。お前グランドリーグに出れるほどサッカー上手かったのかよ」

 その興奮した声は深夜テンションによるものだけではないようだった。

「実は俺、グランドリーグに出るのが夢だったんだよ」

 ゲーム仲間が語る。

「小さい頃テレビでやってるのを見てよ、そこからサッカーが大好きになったんだ」

「じゃあお前も目指せばいいじゃねぇか」

 優太が言った。

 だが電話の向こうで、仲間の歯切れが悪くなる。

「実は出来ないんだ」

「え?」

「俺小学生の時に事故に遭ってよ、右足が動かないんだ」

 知らなかった。優太はいつも明るく前向きな奴にそんな事情があったことを瞬時に受け入れられない。

「だからこうしてゲームでサッカーしてるんだけどな」

 ゲーム仲間は笑ってみせた。

「まぁグランドリーグに出るなら、今日の大会は仕方ないな。俺がゲームで優勝して、お前が現実のサッカーで勝てるように勢いづけてやるから」

 ゲーム仲間は言った。

「絶対優勝しろよな」

 そう言って電話を切ろうとする仲間に、優太はまだ感情の整理が出来ていなかった。何も知らなかった恥ずかしさと、相手の事を知ろうともしていなかった申し訳なさで満たされる。

「今日の大会、観戦だけでもしていいか?」

 そう言うのが、精一杯だった。

「もちろん」

 いつものように明るい口調で仲間が言う。

 優太の心にエラーが生じていた。胸の内から形がないのに熱い何かが沸き上がってきている。熱くなった心を冷まそうと理性という名のファンがフル稼働している。しかし効果は無いようだった。

 優太は瞼の端に熱いものを感じて、誤魔化すように口を開く。

「優勝しなかったら、殺すからな」

 電話を隔てて二人の笑い声がけたましく鳴った。

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