第20話
その日から亮太たちの動きが完全に変わった。まるで眠れる獅子が目を覚ましたかのような変化は向影のサッカー部を驚かせる。
「いいか。人数では圧倒的に不利だが、君たちならなんとかなるだろう」
「当たり前だ」
慎司が言った。それに蓮や優太が頷く。
「よし。行ってこい」
「しゃあ」
梶井の言葉に全員が叫び声を上げると、コートへ走って行く。
亮太たちは練習の最後に向影サッカー部のメンバーと試合が組まれていた。
亮太たちのメンバーはキーパーの青田を借りた八人。対して向影はフルメンバーの十一人である。
サッカーにおいて一人の人数差は大きな戦力差となるが、試合を圧倒したのは亮太たちだった。
蓮からパスを受けた亮太が、優太にシュートのようなパスを刺す。ボールはパスとは思えない速度で選手の間を突き抜けていく。しかしそれが優太に近づくと急激に減速した。最終的にボールは優太の足に吸い付くようにして収まる。
白鳥のパスとはまた違った種類だが、こっちも一級品であることには変わりなかった。
「久しぶりにこのパスを受けたぜ。次は俺の番だな」
優太がそう言って笑った。
優太はそのまま受けたボールを蹴り出すとサイドを駆け上がる。相手のサイドバックをワンタッチで剥がすと、センターバックの赤坂がカバーにやって来た。
赤坂は優太がサイドバックをかわした後、タッチが大きくなるところを狙ったようである。しかし優太の恐ろしさは、その速さにも関わらずボールが足元を離れない事だった。実際に優太は赤坂がカバーに来たのを見て瞬時にもうワンタッチを加え赤坂を縦に抜き去ってしまう。
パスの段階でスピードについていけていないサッカー部の守備陣は優太の突破によって崩壊していた。ゴール前にはディフェンスが二人残っているものの、スペースを覆いきれていない。
優太はその二人の間にある空間に裕介が入り込むのが見える。優太は練習した連携パターンを使うまでもないと判断し、アーリークロスを蹴った。
カーブのかかったボールはピンポイントで裕介の少し先へと飛んでいく。
裕介はそのボールを見て、走り込んだそのままの流れで体を傾けた。斜め後ろからのクロスにも関わらず、体を捻ってボールを足にミートさせる。ただでさえ難しいシュートを裕介は利き足とは逆の左足で完璧に合わせてみせた。
裕介の放ったボレーシュートはゴールの左隅に飛んでいく。反応の遅れたキーパーの手が届くはずもなく、そのままボールはネットを揺らした。
「さすがゴール前の暗殺者だな」
ベンチから試合を見ていた梶井が呟く。
ここまで向影チームはボールに触れる機会すら与えられていない。
さらに亮太たちは守備においても相手を上回った。博明は味方からのボールを取れの指示一言であらゆるボールをカットする。蓮は相手のパスをことごとく先読みし、カウンターさえも許さない。さらに蓮はフィールドプレーだけではなくセットプレーでも無類の強さを見せた。
だが守備陣で一番目立っていたのは拓実である。拓実はごくまれに普段の臆病さを忘れ、肝を据わらせる日があった。それがまさにこの日である。
拓実はスピードで劣る相手にも臆せず体を当てに行き、相手のサイドハーフを幾度となく吹っ飛ばした。
また慎司も独りよがりなプレーを辞めてチームプレーに徹している。
梶井は亮太たちの実力を肌で感じた。亮太たちにはようやく、中学生で全国制覇を成し遂げた時の怖さが戻って来ていたのである。対峙した相手が恐れ慄く実力だった。
そして梶井が何より恐ろしいと感じたのは、彼らの表情である。亮太たちは厳しい追い込みの後にも関わらず、誰一人苦しい顔をしていなかった。それどころか全員が笑っていた。
「これが日本一のチームですか」
審判をしながら梶井の横にやって来た釜本が言う。
梶井は黙って、口角を上げた。
「あなたは最初から彼らのポテンシャルに気づいていたんですか?」
釜本が梶井に聞く。
梶井は釜本を見つめた。まるであなたは気づいていなかったんですかとでも言うように。
すると釜本は逃げるようにして、ピッチへと走って行った。
それ以来、亮太たちの意識も変わったようである。拓実はポテトチップスをゴミ箱に捨て、優太はエナジードリンクをシンクに流した。蓮は女の子からの連絡を放置し、裕介も彼女へ連絡を取ることを自制した。
その結果、走り込みの本数は格段に増えプレーの切れも見違えるほど良くなっている。
そしてグランドリーグ初日を三日後に控えた練習の後、亮太は梶井の元を訪ねた。
梶井は夕日の差しかかかるグラウンドを見下ろしていた。窓から差し込む光に、教室の中では長い影が伸びている。
亮太はその影を少し見つめた後、梶井の横に並んだ。
「みんないい意味で変化してきている」
亮太が言った。
「まるで二年前のみんなが戻って来たみたいだ。違うのはこの中に、直哉がいない事くらいだ」
「変わったのは外から見ていても分かる。私としては希望が見えてきて嬉しいよ」
「それは俺たちも同感だ」
そこで亮太は目を薄め、遠くに広がる空を見つめる。
「だが俺たちには休みが必要だ」
亮太は前を向いたまま言った。
「明日一日をオフにしてもらう」
「せっかく、みんなの調子が上がって来たのにか?」
「だからこそだ。あいつらは熱中しだすと視野が狭くなる。そんな
状態は危険だ」
「直哉君もそれで亡くなったと?」
亮太は無言で肯定した。
「あんたに拒否権はない。休みを取らないと言うのなら、俺たちがグランドリーグで向影のユニフォームを着ることは無くなる」
「良いだろう」
梶井は言った。
「だが羽目を外しすぎないように気をつけろよ。あとあいつらに釘を刺しておけ。自分たちがグランドリーグで戦うことは内緒にしておけと」
「隠し玉がバレるとまずいからか?」
「それだけじゃない。グランドリーグの事がバレたら、学校が危機に瀕していることもバレるだろ」
「なるほど。あいつらによく言っておくよ」
「その方が良い」
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