第19話
それから三日後の午後。亮太たちは走り込みと基礎練というルーティンを終えると、パソコン教室に集められた。普通の教室とは異なった配置で机が並んでいる。その上には一人一台パソコンがあり、亮太たちは各々好きな席に座っていた。
そこでいつも通りの恰好をした梶井が教壇に立つ。
「今日は君たちに、ちょっとした映像を体験してもらう」
「映像を体験?どういうことだ」
優太が言った。
そのときワゴンを引いた数学教師が教室に現れる。さらにその後ろに同じワゴンを引いて情報の教師が出現した。
「理事長がうちの予算で買ったガラクタの一つだ」
ワゴンに積まれた段ボールから出てきたのはVRゴーグルだった。
亮太たちは教師の指示に従い、それを装着していく。
その作業が終わると、教師二人が亮太たち七人を順に巡り、VRゴーグルとパソコンを接続していった。
亮太たちは視界を奪われ、訳も分からないまま指示を待つ。
そこで梶井が教師用のパソコンから、亮太たちのパソコンを一斉に操作する。
すると途端に亮太たちの視界が開けた。
亮太たちは芝生のコート上に立っている。目の前に青いユニフォームを着た味方の背中が見えた。相手コートには白を基調としたユニフォームに臙脂色のラインが入っている。
永赤高校の伝統的なユニフォームだ。
どこかのスタジアムのようで首を右側に回せば、スタンド席に観客や応援団の姿が見える。
「今から君たちには、永赤のサッカーを体で感じてもらう。今見てもらっているのは去年のグランドリーグ決勝。永赤高校対国原高校の試合だ」
梶井が言うと同時に、キックオフの笛が聞こえてきた。どうやらゴーグルにヘッドホンも内蔵されているようである。
目の前で試合が動き出した。敵と味方がそれぞれ、ボールを追って動き出す。また試合開始と同時に永赤の選手の上にはポジションと学年、それから名前が文字として浮かび上がっていた。
「それは現時点での学年とポジションだ。参考にしてもらいたい」
梶井の声が遠くから聞こえる。
亮太はしばらく試合を眺めていた。
首を振ればちゃんとその方向を見ることが出来る。選手同士の距離感や、ボールの質感も本物そっくりだ。亮太は本当に永赤と試合をしているような気分になった。
亮太がいるのは自分のポジションと同じセンターミッドフィルダーの位置である。視野は思うがままであるのに、体が勝手に動くのが不思議な感覚である。
永赤がパスをつないで亮太のマッチアップとなる選手がボールを持った。頭の上にはミッドフィルダー、十八歳、白鳥舞と情報が表示されている。
亮太が視野を共有している選手がタックルを仕掛ける。相手の大きくなったトラップを見逃さない良いプレーだ。
亮太は心の中でナイスと叫んだ。ここでボールを奪えば一気にカウンターのチャンスである。
しかしボールは奪えなかった。
亮太は何が起こったのか理解できず、思わず白鳥舞の顔を見上げる。そこにいたのは、細身だが背が高く鼻も高いイケメンだった。
そのイケメンはまるで鳥が空を飛ぶかのようにボールを浮かせ、亮太の選手を抜き去った。
永赤の攻撃は続く。白鳥舞はパスの精度も一級品だった。繊細なふんわりとしたパスをディフェンスの頭越しに蹴り込む。
それに反応したのが、鷲田清政という選手である。鷲田清正は白鳥を超える長身で高校生は思えなかった。
清政はその長身を生かして、浮いたボールを胸トラップで収める。すかさず相手ディフェンスが寄せて来るも、それを独特なステップで外した。手足が長い分小回りは聞かないようだが、それを補うのがあのステップなのだろうと分析する。
事実、国原のディフェンス陣はタックルのタイミングを外されたり、逆に誘発されたりして全くボールに触れられていない。
清政はそのまま敵をかわすと、ワンステップでシュートを放つ。見事、永赤の得点となった。
永赤は非常にバランスのいいチームだと亮太は感じる。一人一人が万能で質が高く、攻守ともに隙が無い。それでいてフォワードの清政やセンターバックの熊田トルエなどずば抜けた選手もいた。彼らが上手くチームと融合し、連携の中で動いて来る。
「なるほどな」
亮太は思わず呟いた。
映像が終了すると亮太たちはゴーグルを外す。
みんなの表情は神妙だった。
梶井が注意深く亮太たち一人一人の表情を観察する。今日この映像を体験してもらうことは一種の賭けであった。永赤のサッカーは高校生レベルで頭一つ抜けている。その永赤との差を思い知り、亮太たちが絶望してしまう可能性があった。そうなれば大会に出る前から敗退が決まったようなものである。
最後に慎司がゴーグルを外すと、彼らはパソコンの上で視線を交錯させていた。
そして突然、亮太が笑い出す。それに端を発し、みんなが一斉に笑い出した。博明も楽しそうに手を叩いている。
それを見た瞬間、梶井は賭けに勝ったことを確信した。
「どうだった」
梶井が亮太に聞く。
「久しぶりの感覚だ」
それに拓実が続ける。
「久しぶりにワクワクしてきたぜ」
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