第18話

 ベンチ前に集合した亮太たちの前に梶井が立つ。梶井は日差しの強いグラウンドにも関わらず、革靴にワイシャツ姿である。空は快晴で、湿気を含んだ風がピッチの砂を巻き上げていた。

「今日は二チームに分かれて練習してもらう」

 梶井が説明する。

「谷元と町田、それから榊原。お前たちには攻撃の連携パターンを徹底的に叩き込む」

 裕介と慎司に、優太の名前が呼ばれた。

「梅ヶ丘も守備要員としてこっちのグループに参加してもらう。ここに赤坂と数名をサッカー部から借りてくる。君たちにはひたすら優太の左サイドからの崩しを練習してもらおう。特に優太の殺陣突破からのセンタリングと中に斬り込んでからの連携だ。これを目を瞑っていても出来るくらいまで体に慣らせ」

 このメニューは梶井と亮太が一緒になって考えたものである。

「強豪校に勝つためには、必ずチームとしての強みが必要だ。その強みをいかに相手に押し付けられるか、それで勝敗が決まる」

 梶井の説明に補足するように亮太が前に出て、みんなに語り掛ける。

「俺たちの武器はやはり優太の突破力と、フォワード二人、慎司と裕介の得点力だ。そこで確実に点を取れるように連携を徹底してもらう。他の奴らの仕事は相手の攻撃を死守し、前にボールを繋ぐことだ」

 慎司と優太は力強い目つきをしていた。特に慎司にいたっては、目の前に親を殺した敵がいるかのような目である。

「他のメンバーは、チームに合流してさらに基本的な一対一や二対二の練習を行う」

 梶井の言葉に亮太たちは頷いた。

 そうして亮太たちはそれぞれ言われた通りのコートに入り練習を再開する。

 亮太たちは対人の練習だった。コーンと呼ばれる円錐の置物で長方形を作り、相手側の辺を突破したら勝ちというシンプルなゲームである。

 それをいくつかの組に分けて行った。時間を測り、グループの中で一番勝利数が多いものが左の組へ。少ないものが右の組へ移動を繰り返すと、自然と左側の組のレベルが高くなっていく。

 始め亮太の組には、向影のサッカー部員しかいなかった。そして守備においても攻撃においても亮太の相手になる人はおらず亮太は左の組に昇格となる。

 十分もすれば、一番左の組は向影のメンツはいなくなり、亮太の見知った顔ばかりになった。拓実だけがその隣の組でもがいている。

 亮太たちはそれを弄った。

「なんだお前たちやるじゃないか」

 ジャージ姿の釜本がやって来る。

「俺たちが強いんじゃなくて周りが弱すぎるんだよ」

 横の組から拓実が声を上げる。しかし拓実は今まさに股を抜かれ、美しすぎる敗北を喫した所だった。

 釜本は拓実を無視して亮太に聞く。

「昨日は手を抜いていたのか?」

「単純に慣れただけだろう。体力も戻って、昔の感覚を取り戻し始めている」

 亮太は口ではそう言ったが、自分の動きに満足していたわけではなかった。中学生で全国大会に出ていた頃はもっと体が軽く、自分の思うように動けていた気がする。しかし今は無理やり体を動かしている感が否めなかった。それは単に衰えたからなのか、それともやはりあの頃のようにサッカーを楽しめなくなったからなのか分からない。

「そうか。それは結構なことだ。俺は昨日から気づいていたぞ。お前たちならきっとやってくれるってな。期待しているぞ」

 そう言って釜本が背中を叩こうとするのを亮太は避けた。分かりやすすぎる掌返しに応えてやる義理はない。

 そのとき、反対側のハーフコートから重機のうなりみたいな声が聞こえてくる。

「いってぇぇぇえ」

 見ると慎司が蓮と赤坂に挟まれ倒れている。

「どうした怪我か。大丈夫なのか。町田は大事な得点源だろ」

 釜本がソワソワし始めたのを横目に、亮太は裕介に言った。

「ちょっと行って来る」

 亮太が近寄っていくと梶井が横に並ぶ。

「パスをしろと何度も言ったんだが聞かなくてな」

 梶井が亮太に行った。

「それでディフェンス二人に突っ込んだ挙句、潰されたと」

「よく分かったな」

「いつものことだ」

 亮太は足首を抑えて倒れこんでいる慎司を見下ろした。

「おい。何回やったら気が済むんだ」

 慎司は亮太がやって来たのを見ると、吠えるようにして言った。もし慎司にしっぽがあれば、それは壊れたワイパーのごとく左右しているだろう。

「うるせぇ。あとちょっとだったんだよ」

「お前はメッシじゃないと何回言ったら分かるんだ。せめて突破するにしても、フェイントをかけたりタイミングを考えたりしたらどうだ。毎回毎回、正面突破なんて馬鹿がやることだ」

 亮太が言うも、慎司は釈然としない表情をしている。

「いいか。グランドリーグは市民公園でのお遊びとは違う。麻衣の人生が懸かった試合だ。馬鹿な事ばっかして最善を尽くすことをしなければ、勝てないぞ」

 そう言うと慎司は黙らざるを得なかったようだ。足首を抑えるのも忘れ、下を向いている。

 それから何かを噛み殺すようにして歯を食いしばった。

「分かったよ」

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