第27話

 翌日。亮太たちは大会前最後の練習を終えた。明日の集合時間や必要なものが確認され、解散となる。みんな緊張からか言葉数も少ないまま着替えを済ませ、学校を後にした。

 亮太は最後まで残って、今日まで練習をしてきたグラウンドを眺める。そう言えば、全国大会の前日もこんな感じだったなと思い出した。

 いつもは騒がしい奴らはさっさと帰り、亮太と直哉で二人グラウンドを眺めていた。

 そこに洗い終わったスクイズボトルを運ぶ麻衣が通る。マネージャーの手伝いをしているらしい。

 亮太は着替えていた体育館前の階段から降りて、麻衣の持つ籠を一つ受け取った。

「手伝う」

「選手は明日に備えて、休んでたら?」

「善意は素直に受け取っておけ」

 そう言うと亮太は、二人で明日のバスにスクイズボトルを詰め込んだ。

 荷物を乗せ、グラウンドに戻る途中で麻衣が言う。

「明日頑張ってね」

「お前は来れないんだったか?」

「バスの定員的に無理らしい。どっちにしろ、宿だってないし」

「そうか」

 その後、亮太は言葉を発することなく、また体育館前の階段に戻った。すると麻衣も仕事を終えたのか、横に腰かける。

「お前、少し大人になったな」

 亮太が言った。

「何よ偉そうに」

「冗談じゃない。本気で何かが変わった気がする。言葉で表すのは難しいが」

「気のせいじゃない?」

 麻衣は言った。

 亮太はグラウンドを眺める。

「初めて会った時はあんなに小さかったのにな。直哉に手を引かれて、直哉の後ろに隠れてた」

「小さかったのはお互い様でしょ」

 涼しい風が吹いた。しばらく頬を撫でる風に身を任せる。すると不思議と自分はこの風に乗ってどこまでも飛んでいけるんだという気がする。心地いい時間だ。

「安心して待ってろ。俺たちが絶対優勝して、お前に高校を卒業させてやるから」

「約束してくれる?」

「あぁもちろんだ。約束する」

「じゃあ、もう一つ約束してもらっても良い?」

「欲張りな奴だな」

 亮太はそう言って、麻衣の言葉に耳を傾ける。

 麻衣が亮太の方を見るのが分かった。

「ねぇ、こっち向いて」

 麻衣の声のトーンが変わる。いつになく真剣な声だった。この声を聞いたのは、直哉が死んですぐ以来である。

 亮太は恐る恐る、麻衣の方を振り向いた。

 すると麻衣の瞳は真っすぐに亮太を見る。直哉にそっくりな目だった。

「お願いだから、サッカーを辞めないで」

 麻衣が言う。

「みんなにはこれからもずっとずっとサッカーをしていて欲しい。それがきっと、お兄ちゃんの想いだから」

 麻衣の瞼の端に、うっすらと涙が浮かぶ。

 亮太は息を飲んだ。ハッとさせられたような気がした。それと同時に何を当たり前の事をと思う気持ちもある。この気持ちは複雑で、亮太自身も何を感じているのか正確に推し量れない。

 吹き続ける風が砂を巻き上げ、グラウンドにつむじ風が発生している。

「分かった。約束するよ、俺たちはサッカーを辞めない」

「何があっても?」

「あぁ。何があってもサッカーを辞めることは無い」

 それは本音だった。自分でも、グランドリーグがどんな形で終わったとしてもまたサッカーを続けたいという想いに気づき始めている。あいつらも一緒にサッカーをしてくれるかは分からないが、それでもいい。プロを目指してみるのも悪くないかも知れない。

「安心しろ」

 不安そうに亮太の事を見続けた麻衣に亮太が言う。するとようやく麻衣は亮太から視線を逸らした。手で顔を覆い、亮太から見えないようにしている。

 泣いているのかも知れないと思ったが、亮太は気づかないふりをして前を向く。

 そしてそっと麻衣の肩を叩くと、亮太は立ち上がった。

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