第25話

 亮太は仲間たちのオフを提案したものの、自分は特にやることもなく一人市民公園でボールを蹴っていた。公園の端にあるサッカーゴールが描かれた緑の壁に向かって何度もシュートを打つ。その間、ずっと考えていた。

 直哉はどうして死んでしまったのか。

 亮太たちの見解はやはり追い詰められたことだった。直哉は人一倍責任感が強く、麻衣のためにも自分が良い大学に行って稼がなければと思っていたのだろう。

 もうサッカーを楽しめなくなったと言った時の直哉の顔は今でも思い出せる。

 でも本当にそれだけだったのか。

 亮太たちはサッカーが好きだったわけじゃなかった。みんなで集まって一つの目標に向かってワイワイするのが楽しかったのである。だから直哉がサッカー部を辞めた時、亮太たちもサッカーを辞めた。亮太が楽しめない事を、自分達だけで楽しむことは出来ないと。

 しかし本当にそれで良かったのか。

 もしかしたら直哉は気づいていたのかも知れない。亮太たちが自分達でも無意識のうちについてしまっていた嘘に。

 そして亮太たちがサッカーを辞めたことに責任を感じていたのかもしれなかった。

 亮太は考える。もしあの時、直哉を引き留めてみんなで一緒にサッカーをしていたら、直哉はまだ生きていたかもしれない。

 それは考えても意味のない事だった。現に直哉はもうこの世にはいない。でも亮太の心は揺れていた。

 最初は麻衣のためと思って始めたサッカーだったが、本気で取り組むうちに直哉が笑ってくれている気がしたのである。

 言い換えれば、自分たちはサッカーの楽しさを思い出し始めているのではないかと感じたのだ。答えは分からないけれど、そんな思いが時折脳裏をかすめるのであった。

 その時、近くに置いておいたスマホが震える。電話に出ると、梶井の声が聞こえてきた。

「今すぐ学校に来てくれ」


 亮太は学校に着くと言われた通り、いつもの三年生の教室に入った。

 すると窓際に佇む梶井がいた。窓の外は薄暗くなり始めている。

「どうしたんだ。急に呼び出して」

 亮太は教室の電気を付けると、適当な机に腰かけた。梶井も窓枠を離れ、教壇の方まで歩くと亮太の方を見る。

「君たちがグランドリーグに出ることがバレた」

 そう言うと、梶井がスマホの画面を見せてくる。そこには『伝説のサッカーチーム、復活か?』という見出しのネット記事があった。

「やはりあいつらの口を閉じておくことは出来なかったか」

 亮太は言った。梶井にオフが欲しいと言った自分の責任だと謝る。

「謝罪なら必要ない。起きてしまった事は仕方がないからな」

 梶井が言う。

「だがこれで不意打ちは出来なくなった。グランドリーグに出てくるようなチームは必ず君たちの事を研究してくる。これで優勝までの道のりはより厳しくなったぞ」

 亮太は神妙な面持ちだった。

「学校の方は大丈夫なのか」

「今、先生方が鳴りやまない電話と戦っている所だ。どの親だって子供が入っている学校が倒産寸前だと知れば不安になる」

「これで俺たちは名実ともに、勝てば英雄負ければ戦犯だな」

「その割には、落ち着いているな」

「もともと俺たちは麻衣のためにやってるんだ。周りにどう思われるかは関係ない」

 そう言うと梶井も表情を切り替えた。

「いよいよ、本番は明後日だ。大阪まではバスで向かう。酔い止めが必要な奴は用意しておくように言っておけ」

「バスなんて久しぶりだな。運転手はいるのか?」

「元校長の来間って人が手配してくれる」

「あの猿みたいなやつか」

「知っているのか?」

「写真で見たことがある。あまりに猿に似ていたから、学校で話題になっていたことがあるんだ」

「その猿みたいなやつだ」

 そこで梶井は亮太から視線を外すと、遠くを見た。過去を懐かしむような視線である。

「前にどうして君たちをグランドリーグ優勝のために呼んだのかと聞いたな」

「それがどうかしたか」

「その時はこの学校を守りたいと思っている理由を答えた。だが実は、リーグで優勝したい理由はそれだけじゃない」

 亮太は梶井の言葉に耳を傾ける。

「俺も昔はサッカーをやっていた。ちょうどこの学校のサッカー部だ。俺が入部した頃はまだ全国的にも強豪校だった。卒業した時は何とも言えないが」

 梶井は続ける。

「当然俺も三年生の時、グランドリーグに出場した。チームのキャプテンとして。だが俺たちは初戦で負けた。向影学園の三連覇記録は途絶え、十年ぶりの初戦敗退となった。さらに五失点は学園初の記録だ。俺たちの代は色々と歴史に名を遺したらしい」

 空から差し込む僅かばかりの明かりに、梶井の表情が映えた。

「俺は当時プロを目指していたが、その敗北を機にサッカーを辞めた。サッカーは向いていなかったと気づいたからだ。ちなみに、その時の相手が当時は新参者だった永赤学園だ。その時の永赤のスタメンは軒並みプロになり、日本代表になった奴もいる。対して俺は、一介の弁護士だ」

「あんたは立派だよ」

「ありがとう。俺は別にサッカーを諦めたことを後悔はしていない。ただ子供の頃の夢ってものは忘れられないものらしい。君たちを見た時、もしかして俺が見たかった景色を見せてくれるのではないかと思ってしまったんだ」

 梶井はそう言って手を叩くと、亮太の方を向き直った。

「すまない。今の言葉は忘れてくれ。余計なプレッシャーをかけるつもりは無い。大人の弱さだと思って、受け流してくれればいい」

 そう言うと梶井は教室の戸締りを始める。

「さぁ、もう夜だ。大会に向けて、体調を整えておけ」

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