第2話

「毎回、毎回、俺たちに突っかかって、あんたは暇なのか?」

 長沼亮太は初老の管理人を挑発する。場所は市民公園の非公式駐輪場。言い換えれば、管理人室のすぐ目の前だった。

「こんな所にチャリンコを並べられたら、部屋を出にくいだろうが」

「どうせ、一日中部屋の中でせんべいでも食いながらテレビを見てるくせに」

 横から谷本裕介が加勢する。裕介はよく焼けた肌と、父親譲りの濃い顔を持っていた。そのせいか亮太が言うよりも、発言に迫力がある。だがそんなイカツイ顔つきに反して、仲間想いないいやつであることを亮太は知っている。

「だいたい、駐輪場が遠すぎるんだよ。なんでわざわざチャリを止めるために、百メートルも奥まで行かなきゃいけないんだよ」

「九十七・五メートルだ」

「どっちでもいいよ」

「とにかく、ルール違反だ。今日という今日は、許さないぞ。一分以内にこのチャリンコどもを除けなければ、もれなくタイヤに釘を打ち込んでやる」

「ルール違反ねぇ」

 亮太はその言葉を聞き、にやりと笑った。

「なんだ。何が言いたい」

「あんた、よく山上さんとこのペットショップで猫の餌を買っているらしいじゃないか」

「それがどうした」

「そのお金、ちゃんと払ってるのか?」

「なに」

「山上の婆さんが老眼なのをいい事に、いつも小銭をちょろまかしてること、みんなに言いふらしていいのか?」

「どうしてそれを?」

「嫌なら、これからもチャリ、ここにとめても良いよな?」

「分かったから、どうかそれだけは内密に」

「交渉成立だな」

 亮太はそう言うと、管理人室を離れてグラウンドへと向かう。

「あいつも馬鹿だな。あんな話、町の人なら全員知っているのに」

「なんなら山上の婆さんだって、分かってて気づかないふりをしてくれているだけなのに。いつも騙せてる気になってるよ」

 裕介が言うと、二人で笑った。

 そのとき、正面から仲間の一人、長後博明が満面の笑みで近づいて来た。

「慎司が倒された」


 亮太がグラウンドに戻ると、町田慎司が土の上で蹲っていた。センター分けにした自慢のサラサラ髪が台無しである。そんな慎司の周りをいつものメンバーが囲っていた。

「おい、昼寝なら机でしろよ」

 亮太が言うと、慎司が喚く。

「うるせぇ」

 慎司は後輩であるにも関わらず、亮太へのリスペクトは微塵も感じられなかった。

「わ、悪気は無かったんだ。ただ慎司が強引に僕と蓮の間を割って来たから、止めよとしただけで………」

 小太りの栗平拓実が弁明する。

「あぁ分かっているよ。どうせまた、後先考えず馬鹿みたいにドリブルして突っ込んだんだろ」

「おい、ファウルだぞ」

 慎司が叫ぶ。拓実は先輩にもかかわらず慎司にビビっていた。

 それを横目に亮太が言う。

「相手がお前だからノーファウルだ」

「ったくなんだよ」

 慎司はそう言いつつも、不服ではなさそうだった。

「今日はやけに素直だな」

「そんなことねぇよ」

 と言いつつ、立ち上がろうとする慎司を亮太は訝しげに見つめた。

 すると入り口の方から一人の女子高生が走って来る。

「慎司君、大丈夫?」

 慎司の同級生で、亮太にとっては妹のような存在である五月台麻衣だった。

 慎司は立ち上がるのを止めて、再び地面に寝転がり天を仰いだ。

「誰だよ、麻衣を呼んだのは」

 慎司が言うと、拓実が控えめに手を挙げる。

「彼氏が大怪我をしたかもしれないのに、何も知らないのは可哀そうかなって思って」

「俺は怪我なんかしてねぇよ。そういうポーズだ、ポーズ」

 慎司が拓実に呆れたような声を出す。

 だが亮太の一言で、場の空気が凍り付いた。

「おい、待て」

 その一言で拓実は自らの失態を理解し、手で口を塞いだ。そして慎司の顔からは血の気が引いた。

「こいつが麻衣の彼氏だと?」

「あっ、いや、その~」

 拓実が誤魔化しの言葉を探している間に、博明が言った。

「麻衣ちゃんと慎司、付き合っている。カップル。お似合い」

 博明は楽しそうに笑っていた。

「そうか。ありがとうな博明」

 亮太が言う。

「うん。いいよ」

 博明が嬉しそうに手を叩く中、亮太の低い声が響き渡る。

「おい慎司、立ち上がってボールを持て。それからお前らも全員、ポジションに着け。試合再開だ」


「ではあなたがたは、この学園を売却すべきというお考えでよろしいのですね?」

 梶井が舟橋理事長と来間元校長に問いかける。それに来間が卑しい声で返す。

「結構。入学希望者が年々減少し、店員割れを起こしている今、このままではどのみちこの学園は持ちません。ならば潔く売ってしまった方が良いでしょう」

「誰のせいでこうなったと思っているんだ」

 谷崎が感情的になるのを、梶井は制した。

「あなたはどうお考えなんです?」

 梶井が嵐山に話を振る。理事会での議事は出席理事の過半数で決する。つまり、舟橋と来間が賛成しただけでは売却は決まらない。

「私ですか?」

 嵐山の声が裏返る。緊張のせいかハンカチを持つ手がブルブルと震えていた。

「確かに、お金がないなら売るしかないと思いますけど………」

「けど、なんです?」

「親としてはこの学園の制度は非常にありがたいですし、子供たちも自由な校風とアットホームな環境が気にいているようで、できればこのままで行けたら良いな~と思わないこともないですけど」終了となた。

「結局、君の意見はどっちなんだ」

 舟橋が言うと、嵐山はまたもパニックになる。

「つまり、学園を立て直す見込みがあるのなら売却には反対という事ですね?」

 梶井が聞くと、嵐山は頷いた。

「とのことです理事長」

 梶井が言う。

「今日のところは嵐山さんも混乱されているようだし、一度解散とするのはいかがでしょう」

「この学校は十年以上も赤字が続いているんだ。今更、立て直す方法なんてあるわけない。結論を先延ばしにしているだけだ」

 来間が言った。

「よろしいですか?」

 梶井が再度尋ねると、舟橋は首を縦に振る。会議は終了となった。

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