第3話
市民公園の一角。亮太たちは小学生用のゴールが向かい合うミニコートの中でサッカーをしていた。だが、実際に足を動かしているのは亮太と慎司だけである。
慎司はキックオフと同時にボールを持つと、コートを右に左にとドリブルしていた。もはや、ゴールを目指してすらいない。その後を、亮太が叫びながら追っている。亮太は今にも慎司に凶悪なタックルをお見舞いし、削ってやろうという気で満ち溢れていた。
「俺はお前たちの交際を認めたつもりは無いぞ」
「私たち、もう高校生でしょ。なんで亮太の許可がいる訳?」
コートの外から麻衣が叫ぶ。
「うるせぇ、お前は黙ってろ」
慎司が自陣のゴール側に向かって走る。徐々に距離を詰めた亮太がすぐそこまで迫っていた。そこで慎司は長身の優太を身代わりにし、ターンをする。亮太の前に優太が立ちはだかった。
「どけ」
亮太が言う。
「あの二人も、もう子供じゃないんだから」
優太が亮太を説得しようとするが、亮太は聞く耳を持たない。
「どかないと、お前の家に行ってゲーム機というゲーム機を全て破壊するぞ」
「それは参ったな」
そう言って優太は亮太に道を開ける。
「おい、なんで止めないんだよ」
慎司が叫んだ。次は相手のゴールに向かって真っ直ぐに進む。もはやドリブルというより走るついでに球を蹴っている様子だった。誰も慎司からボールを取ろうとはせず、二人の鬼ごっこを見守っている。
裕介は亮太が横を通り過ぎるのに合わせて並走し、説得を試みた。こういう時、亮太に意見するのは裕介の役割である。
「そろそろ許してあげたら?」
「駄目だ。俺は直哉から麻衣を預かったんだ。あんな半端ものが麻衣と交際なんて許せるわけないだろ」
またも距離を詰められそうになった慎司は、急な減速から足首を上手く使ってターンをする。そして、すぐに加速した。その緩急に、小太りの拓実が思わず、
「上手い」
と呟く。隣の連もそれに頷いた。連は二人の鬼ごっこを見守りつつ、肩下まであるカールしたロン毛をヘアゴムで括っている。
慎司のターンは見事なものであったが、それは相手がボールを狙っている場合である。不幸なことに亮太はボールではなく慎司を狙っていたため、難なく慎司へと追いついた。
そして背後から足に目掛けてスライディングを決める。足首を駆られた慎司の体が地面へ崩れ落ちた。
「俺は本気だ。麻衣の事をたぶらかしている訳じゃない」
慎司がファウルをアピールするサッカー選手のように手を挙げる。
「そんな話は聞いていない」
亮太が言った。
そのとき、グラウンドの入口側から叫び声が聞こえてくる。
「ヘイ、キッズ」
亮太が聞き取れたのは、それだけだった。亮太の横で裕介が言う。
「お客様だ」
「どうするんですか。ここはあなたたちの学校でしょ?どうしてアイデアの一つも出ないんだ」
梶井は呆れていた。理事会の後、職員室に集まり先生方と学校を立て直す方法を考えていたのだが、誰も発言しようとしないのである。
「みなさん、理解しているんでしょうね。学園が買い取られれば、最悪あなた方はクビですよ」
梶井が言うと職員たちの顔が曇る。
「そうは言われても、私たちは経営に関しては全くの素人ですから」
「なのでアイデアの質は問わないと言っているのです。とにかく、量を出して何か糸口を見つけることが目的です」
そこまで言ってようやく、眼鏡をかけた細身の女教師が挙手をした。
「でしたら、生徒数を確保するために、近所の方へお菓子を配るっていうのはどうでしょうか?」
それを聞いて、梶井は溜息を抑えることが出来なかった。
「あんな奴のどこが良いんだよ」
歩きながら、亮太が麻衣に聞く。
「少なくとも亮太よりはましよ。だって彼は私の意見を尊重し、応援してくれるもの」
「受験の事を言っているのか」
「そうよ。慎司君は私が大学受験をしたいなら、そうすれば良いと言ってくれた」
「命を落としてでもか?」
「でた。いつもの台詞。受験で死ぬわけじゃないでしょ」
「お前の兄は、受験で死んだ。直哉は勉強に殺されたんだ。勉強なんてクソだ。自分を死ぬまで追い込んでまで大学に行きたいなんて狂気の沙汰だ」
「お兄ちゃんと私は違う」
「一緒だ」
「違う」
「とにかく、お前は俺たちみたいな馬鹿じゃなくて、ちゃんとお前を支えてくれるような男を探せ。じゃないとこれからの生活をどうするつもりだ?俺たちじゃ、お前を最後まで支えてやれない」
「そんなことはない。両親のいない私たちをここまで、面倒見てくれたのはあなたたちでしょ?私は亮太たちに感謝している。そしてその中の一人を好きになった。それの何が悪いの」
「今までとこれからは違う。お金の問題だってある」
亮太がそう言ったところで、話は終わった。二人の前に先ほど、亮太たちに声をかけてきた集団が立ちはだかる。彼らは隣町の工場で働くベトナム人だった。だが今日は見ない顔が多い。
彼らが英語で何かを話しかけてくる。
亮太は隣にいる麻衣の顔を伺った。
「俺たちと試合をして、勝ったらこのコートを使わせろだって」
ベトナム人の英語を聞き取った麻衣が教えてくれる。
「だってさ」
亮太は後ろにいるみんなに問いかけた。
すると蓮が言った。
「さっさと追い返そうぜ」
それに拓実や優太が賛成した。博明もみんなが盛り上がっているのを見て、楽しそうに飛び上がっている。
亮太が再び麻衣の方を向く。
「望むところだって言ってやってくれ」
すると麻衣が英語でベトナム人に何か言った。すると一番前の刈り上げの男が鼻息を荒くして怒り始める。
「おい、なんて言ったんだ?」
「別に。ただボロ負けして恥をかきたくなかったら、今すぐ尻尾撒いて逃げた方が良いわよって忠告してあげただけ」
「分かってるじゃねぇか」
亮太はそう言うと、映画を見て独学で英語を勉強したらしい麻衣を通じてルールを擦り合わせた。
亮太たちは集まると、円になる。
「相手は五人だから、五対五だ。ルールは三点先取でオフサイドはなし。うちは七人いるから二人抜けで、一人キーパーな」
「誰が抜けるんだよ」
優太が言った。
「いつもの奴で決めよう」
そう言うと、亮太たちはそれぞれつま先を浮かせて右足を前に出す。その円を作るようにして、並べた。
「まずは抜けを決める。麻衣、ボールを落としてくれ」
亮太が言うと、麻衣がボールをみんなのつま先の上で落とした。するとボールはみんなのつま先に当たり、亮太と裕介の間に転がり落ちる。
「なんだ、俺たちが抜けかよ」
裕介が不満を言った。抜けは二人なので、間に落ちた裕介と亮太の観戦が決まる。
「次はキーパーだ」
今度は亮太と裕介なしの五人で再び円を作り、麻衣がボールを落とす。するとボールは拓実と慎司の間に転がり一番近くに落ちた拓実がキーパーに決まった。
これの名前は知らないが、何かを決めるとき亮太たちは小学生の頃からこの方法を使っている。
抜けとなった亮太と裕介は麻衣と共にコートを出た。そして、拓実がビビりながらも、ゴールの前に立つ。
「みんな絶対にフリーでシュート打たせないでよ」
「任せとけって」
蓮がそう言うも、顔は悪戯っこのような笑みを浮かべている。
蓮と博明がディフェンスに、優太と慎司がオフェンスのポジションに着き、試合が始まった。
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