第4話

 梶井はこの学園ももう終わりかと考えていた。質は問わないと言ったことが間違いだっただろうか。

 今もサッカー部の顧問だという体育教師が熱弁を振るっているが、内容は皆無に等しい。要は時代遅れの精神論で、頑張れば学校は立て直せると叫んでいるに過ぎない。間違ったことを語る者ほど声が大きいというのは人間における大きな欠陥の一つではないだろうか。

 そのとき、職員室の扉が開いた。

「遅れてすみません」

「あなたは?」

「梶井が聞くと、用務員の佐藤です。もしかしてお呼びじゃなかたですか?」

 梶井の問いに、若い男は屈託のない笑顔を返した。こんな若い用務員もいるんだなと梶井は驚く。

「もしこの学校の生徒数を爆増させるなら、あなたはどうしますか?」

 梶井は聞いてみた。

 すると用務員が言う。

「そんなの簡単ですよ。サッカー部を使えば良いんです」

「サッカー部?」

「ええ。うちのサッカー部は今でこそパッとしませんが、かつては強豪として全国的に名を馳せていました。なのでまた、サッカー部が活躍すれば、簡単に学園の名前を売ることが出来ます。そうすれば、生徒数も増加するでしょう」

「具体的には?」

「確かそろそろ、なんとか大会とかいう大きな公式戦がありましたよね。近隣の県から強豪校だけが集まってトーナメント形式で戦うという。確かうちも古豪として招待されていたはずです。そこで優勝すれば我が向影学園の名は瞬く間に全国へ轟くかと」

 そこで例の体育教師が立ち上がる。

「待て。簡単に言ってくれるが、あの大会は百沼学園を始め、強豪中の強豪が集まる大会だ。優勝どころか、一回戦突破、いや失点を一桁に抑えただけでも万々歳なくらいだ」

「そうですか。釜本先生ならてっきり、気合を入れれば優勝だって夢じゃないとおっしゃるかと思いましたけど」

「なにっ」

 体育教師は顔面をゆがめてはいるものの返す言葉は無いようである。

 そこで梶井は用務員に言った。

「私もその大会は知っているが、部員二十人弱のうちでは優勝は現実的ではないのでは?」

「確かに今の部員なら厳しいでしょうね。しかし、この学校には長沼亮太がいるでしょう?かつてチームを全国大会優勝に導いた伝説のキャプテンです。彼を再びサッカー部へと引き入れれば、優勝も夢ではないでしょう」

「今すぐ、その生徒に連絡しろ」

 梶井は言った。


「三点先取じゃなかったのかよ」

 亮太が言った。

「あと十分くれだって。その間に、一点でも決めれたら勝ちにして欲しいみたい」

 麻衣が亮太の元へ駆け寄って来たベトナム人の英語を翻訳する。

「本当にあと十分で終わるんだろうな?」

 亮太が麻衣を介して聞くと、ベトナムの男は勢いよく頷いた。

 ベトナムの男が去っていくと麻衣が言う。

「どうして受験勉強をしちゃいけないわけ?勉強することは悪い事じゃないでしょ」

「第一、学費はどうするんだ。大学に行く金なんてないだろ」

「奨学金があるわよ」

「駄目だ。命を無駄にするな」

 麻衣があからさまに溜息を吐く。その間にも、優太が追加点を決め、すでに点差は五点以上離れていた。

「あっ、慎司君。がんばれ~」

 慎司にボールが回り、麻衣が声を上げる。慎司がゴールの位置を確認した時、亮太が叫ぶ。

「突っ込むな。優太に回せ」

 しかし亮太の声も虚しく、慎司はドリブルを始めた。ゴール前には二人のディフェンスが待ち構えている。

「馬鹿な」

 亮太が呟くと、案の定、慎司はディフェンス二人に挟まれるようにして潰されてしまう。バランスを崩した慎司が、地面に手を突いた。

 しかしごちゃついたことで相手のディフェンダーはボールを見失っていた。そしてボールは慎司の前に零れてくる。

 慎司は水を得た魚のように体制を直すと、そのままボールを蹴り出しシュートを放った。

 シュートはゴールの隅に突き刺さる。

 するとベトナム人たちは戦意喪失したようで、とぼとぼと返っていく。

 一番威勢の良かった男が、最後に、

「シンジランナイ」

 と日本語で呟いたことにはみんなで爆笑した。

 笑いが収まると、亮太は慎司の元へ駆け寄る。慎司はゴールに収まったサッカーボールを指差した。

「見ろよ」

「今のはたまたまだ。相手をかわした訳じゃない」

「ゴールはゴールだ」

 亮太と慎司が睨み合う。

 すると裕介が呟いた。

「今日は客の多い日だな」

 グラウンドの入口に視線を送ると、体育教師の釜本がいた。

「亮太。ちょっと来い」

「何やらかしたんだ」

 優太の言葉を無視して、亮太は言う。

「裕介、今日は解散だ。サッカーボールはうちの庭に蹴りこんどけ」

「了解」

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