第16話
走り込みの後、学校の周り約一キロのコースを三周して、亮太たちはグラウンドへ戻って来る。亮太たちの足は、デコピンをすれば崩れ落ちそうな程ガクガクだった。
倒れこむようにしてベンチに座る亮太たちの前に、梶井が立つ。
「それじゃあこれから基礎練をしてもらう」
「おいここから基礎練かよ」
蓮が不満を漏らした。
「もうこんだけ走ったんだし、あとはミニゲームとかで良くないか?」
「何を言ってる。高校サッカーでは中学生よりもはるかに、基礎的な技術がしっかりした選手が多い。そんなところでミスを重ねれば、それは大きな弱点になる」
「でもそんな二週間ちょっとで上手くなるのかよ。そういうのは積み重ねなんじゃねぇの」
そこにコートの方から、赤坂健太郎キャプテンがやって来る。
「鉄頭が来た」
蓮が言った。
「それは違うな」
赤坂が亮太たちの前に立った。
「梶井さんとも話し合ったが、お前たちに必要なのは基礎練だ。恐らくお前たちはこれまで疎かにしてきたはずだ。逆にゲームの中での動きについては日本でもトップクラス。練習は必要ない」
「基礎が安定すれば、お前たちのやりたいプレーがやりやすくなる。そう意味で今日からはひたすら地味な基礎固めを徹底して行う」
梶井が付け加える。
「え~、やだよ。そんなのつまらないじゃないか。サッカーをやるなら、楽しまないと」
拓実がそう言って口を尖らせる。
だが拓実の肩に手を置き、口を開いたのは慎司だった。
「いや、やろう」
「みんな頑張っていますね」
教室から亮太たちの練習を見ていた麻衣が言う。
「俺から言わせれば、まだまだだ。あいつらならもっとやれる」
それに梶井が返した。
「厳しいですね。それとも、期待しているんですか?」
麻衣の問いに梶井は黙って窓の外を見続けた。麻衣もグラウンドで走り回る亮太たちを見る。
「私のために、どうしてあそこまで」
「君は良い兄と仲間に恵まれたようだな」
「全然良くないですよ。みんな自分勝手で面倒なことは全部私に押し付けてくるんだから」
麻衣は先ほど、亮太たちが散らかした教室を片づけたところだった。特に博明の落書きを落とすのには、骨を折った。
「それに亮太なんかは、勝手に私の保護者気取りで、あれはするなこれはするなばっかり。彼氏だって好きに選ばせてくれません」
「受験勉強も禁止されているそうだが、先ほど単語帳を開いていたのは?」
「亮太が親の代わりをするなら、子供の私は反抗するのが仕事です」
「なるほど。みんなが君を大切にする理由が分かった気がするよ」
「もう行くんですか」
ふらっと現れたかと思うと、教室を出て行こうとする梶井の背中に向かって麻衣が言った。
「今回の大会は彼らにとって、想像以上に重要なものになるかもしれない」
梶井は真剣な口調だった。
「彼らはおそらくこの大会で人生の分岐点を迎えるだろう」
「いい事じゃないですか。一段階成長して大人になるってことでしょう」
「それは正しい道を選んだ場合だ。そして分岐点に立った時、全員が正しい道を選べるとは限らない。あるいは正しい道がどちらか分かっていても、そっちへは進めないこともある。君はその事を理解したうえで、彼らを見守らなければいけない」
梶井はそう言い残すと教室を去った。
一人残された麻衣は胸に手を当てる。鼓動が早くなっていた。
亮太たちは体育館前の階段で着替えていた。
「疲れたー。もうだめだ」
そう言って、拓実が片足だけスパイクを脱いだ状態で寝転がる。だがその拓実に誰も軽口を返せない程、全員が疲労困憊だった。みんな無言でスパイクの紐をほどいている。
それは亮太も例外ではなく、表情にこそ出さないが足はもう動きそうもなかった。
「ったくよ、なんでグラウンド整備まで俺たちがやらないといけないんだよ」
優太が愚痴をこぼす。
「俺たちはこの学校を救ってやろうっていうのに」
「仕方がないだろ。試合に負けたんだから」
裕介が言った。裕介は寝転がる拓実を跨いで、鞄を取る。
「裕介の言うとおりだ」
亮太は裕介の言葉を噛みしめた。
「俺たちは、走り込みの段階でへばっていた。だが、サッカー部のメンバーはあれをずっと続けている。その差が最後の試合に出た」
亮太たちは練習最後に、赤坂やキーパーの青田を含めてチームを組みその他の部員と戦った。
試合は二十分一本の勝負だったが、最初から最後まで亮太たちは動けず惨敗したのである。
「技術や戦術理解があっても、体力が無ければ戦えないことが今日の試合で証明されてしまった」
「そんなんで、俺たちはグランドリーグに勝てるのかよ」
寝転がっている拓実が言う。
「だから大会までの二週間強で、体力を培うしかない」
「そんなこと言われても、自信ないぜ」
拓実はそう言うと、倒れるようにして寝返りを打った。
「そういえば慎司の奴はどこいった?」
そこで気になった亮太が声を上げる。
「慎司なら、さっさと着替えて教室に向かったぞ」
拓実がうつ伏せになりながら、手だけで教室の方を指差す。
「なんだと」
亮太は急いで靴を履き替えると、教室へ向かった。
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