第37話
二回戦のピッチはAコートだった。ここは本部から見て会場の左端に当たる。コートの外にはコンクリートの歩道を挟み、黒いフェンスが立てられていてそのすぐ奥は海となっていた。日差しを受けて水面が黒く光っている。
「二回戦で優勝候補の永赤と当たるなんて」
麻衣は職員室で祈っていた。
「大丈夫だ。彼らなら」
その横で梶井が麻衣を安心させる。
「そうならいいけど………」
麻衣が画面に映し出されている慎司の顔を見つめた。慎司も真剣なようで表情が固い。
試合開始の笛が響き渡った。
手前から奥に向かって攻める向影のボールでキックオフである。
いきなり仕掛けたのは向影だった。
向影は亮太からパスを優太へ通すとそのままドリブルでサイドを駆け上がる。
センタリングが上がった。相手サイドバックも必死について来ていたが、僅かに足は届かずブロックは出来なかった。
宙を舞ったボールがゴール前に飛んでいき、落下点に裕介が入る。ヘディングでのシュートを狙っていた。
ボールが迫り、裕介が助走をつけて飛び上がる。
しかしそこに熊田トルエもやって来て、二人の競り合いとなった。
空中で二人の体がぶつかり、ベシッと鈍い音が鳴る。
軍配が上がったのは熊田の方だった。熊田はそのゴツイ体で裕介をブロックしながらボールを見事にはじき返す。
力いっぱい熊田にぶつかった裕介は逆にはじき返されて、体勢を崩した。着地の時に怪我をしなかったのが幸いである。
「クソッ」
ベンチに座って試合を見ていた西園寺が足を踏み鳴らす。
釜本は西園寺の姿に苦笑いするしかなかった。
「切り替えろ。守備だ」
赤坂の声がピッチに飛ぶ。向影は一試合目から赤坂と青田を中心に良い声が出ていた。
一方、永赤は驚くほど静かである。声だけでなくサッカーも静寂に満ちていた。プレーの一つ一つが洗練され、無駄な騒がしさがない。美しさも覚えるほどの、音の無さだ。
ゴツイセンターバックから白鳥にパスが渡る。手足の長い白鳥はそれを存分に活かし、手で相手を抑えながらターンをした。
相手の左サイドハーフの位置にいる辰巳光輝が走り出す。相対する拓実が慌てて後ろに下がろうとして転んでしまう。
辰巳は空いたスペースに走り込んだ。
白鳥から鋭いパスが放たれる。
「これはまさか」
職員室で梶井が思わず声を上げた。
「まずいな。選手たちが動揺しなければいいが………」
パスは空気を裂くようにして一直線上に飛んでいく。低弾道で放たれたボールは回転が掛かっており、辰巳の直前で急減速した。
辰巳がそれをトラップすると、勢いに乗ってドリブルを仕掛けてる。カバーに来た赤坂が対応するも、ワンタッチで交わされた。さらに蓮が食らいつくも、体を当てた瞬間それをいなすようにして辰巳はターンをする。
辰巳は蓮と入れ替わるようにしてキーパーと一対一になった。青田が気合を入れるも、シュートは完ぺきなコースでゴール右上に飛んでいき、永赤が先制点を手にする。
「なんだあのパスは。いんちきじゃないか」
西園寺が白鳥のパスにヤジを飛ばす。
「良いパスだったよ、舞」
自陣に戻る途中、ハイタッチをしながら辰巳が白鳥に言った。
「いや、やってみたら出来るもんだな」
白鳥が嬉しそうに笑っている。
「がちで天才だわ、こいつ」
鷲見が白鳥の背中を思いっきり叩いた。
「いってぇよ」
「うそっ。そんな強く叩いてないで」
「その身長の奴が、このガリガリ叩いたら加減してても痛いわ」
「アハハ」
そうやって過ぎ去っていく永赤チームとは対照的に向影には重苦しい空気が流れた。
「あのパス、お前意外に出来る奴を始めて見た」
裕介が戻って来て、亮太に言う。
亮太は帰っていく永赤の赤いラインの入った白いユニフォームを見つめていた。
職員室にも重苦しい空気が伝わっていた。
「長沼くん、大丈夫でしょうか?」
「この表情からは何とも言えませんね」
「まさか得点パターンを真似されるなんて」
「これがグランドリーグですか」
教師の間で心配の声が上がった。
「どう思う?」
梶井が麻衣に聞く。
「亮太なら大丈夫だと思いたいですけど、明確に自分よりも上手い選手と戦ったことは今まで一度もなかったから………」
麻衣は祈るようにして手を組んだ。
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