第36話
第一試合を終えて、亮太たちは会場内にある小さな公園へと来ていた。隣には白いフェンスで囲まれたフットサルコートがあった。
そこで今、数名の高校生がボールを蹴っている。彼らはタンクトップだったりTシャツだったりとラフな格好をしていた。中には上半身裸の、裕介みたいなハーフっぽい人もいる。
亮太たちはどこかのチームかと思いつつも公園に入った。公園の中には子供が遊べそうな砂場と滑り台が置かれている。地面は芝が敷かれていて、清潔感があった。さらにフェンスなどで囲われている訳でもなく、生垣もないので解放感も抜群である。
「もうお腹が空いて死にそうだ」
拓実が一足早く駆けていき、現代アートのような色の付いた台に座りお弁当を広げる。
亮太や裕介、博明や拓実などは親に作ってもらった弁当を広げた。あとの面々は大体コンビニとかで買ってきたようなもので、蓮だけは手作りのようだった。
「洒落た奴め」
優太が言った。
第一試合でかなり走ったことも影響し、亮太たちは黙々と腹を満たしていく。亮太もフットサルコートを眺めながら、母が作った甘い卵焼きを口にする。
知らず知らずのうちに、フットサルをしている青年たちのプレーに見入ってしまった。どこかで見たことがあるようなプレーである。それぞれがチームでの役割を理解し合わせつつも、個性は消えるどころか輝いている。
細身だが発想が異常なパサー、長身で独特のステップを踏むフォワード。一見脅威ではないが、おそらく対峙するのが最も難しい滑らかなドリブラー。上裸のスピードとパワーを兼ね備えたディフェンス。
亮太は本能的に警戒心を抱く。こいつらは強いぞと無意識のうちに分析していた。
その時、亮太たちはいきなり声をかけられる。
「あのすみません」
向影の助っ人たちは一斉に声のした方を向く。
そこには頭に癖の強いパーマをかけた猫背の大人がいた。その人はとてつもなく上半身が傾いている。まるで背骨をスプーン曲げのように曲げられたみたいだった。歳は四十代だろうか。無精ひげで目の下にはくまがあり、生気を感じられない。
「あんた誰だよ」
慎司が聞いた。しかし男はそれを無視して続ける。
「陸上競技場はどちらか分かりますか?」
男に聞かれて、亮太たちは顔を見合わせた。さっきみた地図には陸上競技場なんて書いてなかったはずである。
「俺たちも今日始めて来たから分からないよ」
拓実が言った。
「そうですか。どうもありがとうございました」
男はそう言って、フットサルコートへと向かう。
「なんだあの人?」
慎司が聞く。
「大会関係者じゃないか?」
「だったら地図くらい持っているだろ」
「じゃあ地元の人とか?」
「どこかのチームの保護者だよ」
亮太たちは男を目で追った。
男は躊躇いもなく扉を潜ると、プレー中のコートへと入っていく。
チームのリーダーらしき男が気づいて、プレーを止めた。あの滑らかなドリブルをする選手だ。
男はフットサルをしていた青年らに話しかける。会話の内容は亮太たちには聞こえない。だがおそらく、陸上競技場の位置を聞いているのだろうと身振りから推測できる。
男はしばらく青年たちと話した後、そのままコートを出て来た。意味深な一瞥を亮太たちにくれる。
笑顔が引き攣ったような不気味な顔だった。男は恋人を取られた相手を睨むように亮太たちを見つめた後、本部の方に向かって歩いていく。
「感じの悪い奴」
裕介が呟いた。亮太たちも同じような印象を抱いて、男の背中を見送る。
すると亮太たちは背後から、また突然声をかけられた。
「君たち、なかなか言ってくれたみたいだね」
振り返ると先ほどまでフットサルコートにいた青年らが公園まで出てきていた。
亮太は喋りかけてきた好青年の顔を見て思い出す。整った顔立ちとサラサラの髪。そしてあの一見華やかではないが、技術が集約された滑らかなドリブル。
目の前に立っているのは、永赤学園の辰巳光輝である。
他にも長身フォワード鷲見清政や細身のイケメン白鳥舞もいた。その後ろで腕を組んでいる上裸のハーフは熊田トルエである。よく焼けた肌に太陽の光が反射して輝いていた。
「具体的にどのあたりが弱かったのか教えてもらえるかな?」
辰巳光輝が聞いて来る。丁寧な口調だった。向影に対して敬意が伝わって来る。
だがその口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
亮太は弁当箱を置いて立ち上がる。同じ目線に立つと、辰巳光輝はさらに面白そうに笑った。
「話が見えないな。何の事を言っているのか説明してくれ」
亮太が言った。
「先ほどの男性から聞いたんだ。君たちが僕たちのプレーを侮辱していたと」
「侮辱?そんなことをしたつもりは無いぞ」
「何だお前たち。いざ俺たちを前にしてビビってるのか?」
熊田トルエが後ろから一歩前に進み出る。それを辰巳光輝が制した。
熊田は辰巳の手を見て一歩後退する。
「なんだよ、威勢が良いと思ったらすぐ飼いならされてるじゃねぇか」
後ろで拓実が優太に耳打ちをした。
「それほど辰巳光輝の実力が永赤の中でもずば抜けているってことだろ。あいつは強敵だぞ」
優太も小声で口元に米を付けたままのチームメイトに言葉を返す。
辰巳は咳払いをすると、改めて亮太に向き直った。
「どういうことかな?」
辰巳たちも今の状況が呑み込めていないようだった。
「俺たちはここで昼食を取っていただけだ。誰もあんたらのことを侮辱していない。むしろ………」
「むしろ、なんだい?」
「こいつらとサッカーを出来たら、面白いなと思っていたよ」
亮太が言うと、熊田トルエが疑わし気な目で亮太を睨みつける。亮太の言葉は全く信じられていないようだった。
それでも辰巳や白鳥、鷲見などは何一つ表情を変えない。それどころか辰巳は突然笑い出した。
「アハハハハ」
辰巳は笑い声まで爽やかだった。
「笑うところあったか?」
拓実が再び優太に耳打ちする。
「いや、予想外の答えでつい面白くてね」
それに辰巳が答えた。
「聞こえてたのかよ」
悔しそうに拓実が唇を噛む。そこでようやく頬に米がついていることに気が付き、恥ずかしそうに顔を背けて何食わぬ顔で米粒を取った。
「これは失礼」
辰巳が言った。
「どうやら僕たちの勘違いだったみたいだね」
亮太は握手を求められた。何の握手なのかはよく分かっていないが、亮太も面白そうに辰巳の手を握る。
二人は熱い握手を交わした。
「君たちは次の対戦相手の、向影学園だよね?」
「次の対戦相手?」
拓実が眉を顰める。
後ろで慎司が声を上げた。
「二回戦の相手って永赤なのかよ?決勝で当たるんじゃなかったのか」
亮太たちはみな驚いた表情を見せた。
そのことに対して、永赤のメンバーが目を丸くする。
「お前たち、もしかしてトーナメント表見てないのか?」
鷲見が興味深そうな目を亮太たちに向ける。身長が高いせいで見下ろしているような角度になるが、瞳の素直さ故か不快感は全くない。その瞳は身長に似合わず、子供のような好奇心に満ちていた。
「どうせ全勝しなきゃいけないんだ。誰が相手だろうと関係ないだろ」
蓮が言った。
「君たち面白いね」
辰巳がまた笑顔を見せる。
「君たちの事情は知っているよ。そして君たちがかつては無類の強さを誇った伝説のチームであることも。でも君たちが中学生の頃、名声をほしいままにしたのは僕たちが相手にいなかったからだよ。そのことを次の試合で証明するよ」
「なるほど、そういうことか」
亮太は全てを理解した。すると自然と口角が上がる。
「いい試合にしよう」
二人は再びお互いの手を握り合った。向影と永赤がお互いに背中を向けた時、背中越しでもその存在感を思い知る。
「覚悟しろ」
亮太は仲間たちに告げる。
「二回戦は思った以上に厳しい戦いになるぞ」
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