第35話
梶井と麻衣は他の教員たちと共に職員室のテレビで、グランドリーグを観戦していた。麻衣は通路に用意されたパイプ椅子に座っており、その後ろで梶井は腕を組んで立っている。二人とも真剣な目でテレビ画面を見つめていた。
「相手チームはやはり、亮太たちの事を相当警戒しているな」
梶井が言う。
「大丈夫ですよ。亮太たちなら。中学の時だって、どのチームも亮太たちを警戒していました。でもそのうち誰一人として、彼らを止められなかった」
麻衣が言う。そしてそれはすぐに現実となった。
試合が始まるなり、亮太たちは相手チームを圧倒し始める。勢いでも実力でも完全に上回っていた。相手の中にはかつて亮太たちと対戦したことがあるのか、トラウマを思い出すように腰の引けた選手もいる。試合中にも関わらず相手が見せるのは畏怖の表情だった。
赤坂や青田の頑張りも輝きを見せる。
亮太たちの勢いに引っ張られ、元々いたサッカー部員たちも本来の実力を存分に発揮していた。特にキーパーの青田は、セービングが冴えわたっているのに加え、後ろから声を出して状況を伝えたり指示を出したりしている。コートを最も俯瞰的見やすい位置にいるキーパーからの声は貴重なもので、向影の質をより向上させた。
後半に入ると、試合時間も少なくなってきて点差は決定的なものになりつつある。
「グランドリーグでも、ここまでやれるとは」
梶井は驚きと関心の入り混じったような声を漏らす。教師陣はすでに優勝したかのような盛り上がりを見せていた。
蓮の指示を受けた博明が、相手のパスをインターセプトする。博明はそのまま亮太のパス要求にこたえた。
優太が相手の背後を狙って走り出す。優太はボールを見ておらず、亮太が自分の足元にパスを出すと信じているようだった。
梶井が息を飲む。
亮太たちがずっと練習し完成させた得点パターンが通用するのか、試練の時だった。
亮太は優太が走り出したのを見ると、足を振り抜く。ボールを強く蹴るが、最後には力を抜く。繊細に加減を調節したパスは物凄い勢いで飛んでいくが、優太の直前で減速した。
「ナイスパス」
優太が呟く。足元にディフェンスの間を突き刺すよう針のようなパスがピッタリと収まった。
ゴール前では慎司と裕介がディフェンスの背後を取り、相手の意識から消えていた。
優太が届いたボールを思いっきり前に蹴り出す。亮太のパスの勢いを利用して一気に加速した。
相手のサイドバックはついて来られず、ポケットと呼ばれるペナルティエリア内のスペースにフリーで入り込んだ。センターバックのカバーも追いつかない。
優太はマイナスのボールをゴール前に蹴り込む。
裕介と慎司がそれに反応した。二人揃って、ゴール前へと飛び込んで来る。
裕介が優太に近い側、ニアに。その後ろのスペースに慎司が入った。相手のキーパーがシュートに備えて身構える。
裕介の足先にボールが飛んで来た。
だが裕介はシュートせずにスルーした。キーパーのタイミングがずれる。その後ろで完全にフリーとなった慎司が、ボールをインステップで合わせた。
足の甲に見事フィットしたボールは、鋭い針のようにゴールネットを揺らす。
「やったぁ」
麻衣がパイプ椅子から飛び上がって歓声を上げる。勢いで後ろの梶井と固い握手を交わした。
「勝負あったな」
梶井は一回戦突破が確実となったことに胸を撫でおろす。
「やったぞ。我が校がグランドリーグ、一回戦突破だ」
校長の谷崎が近くに居た教師と興奮を確かめ合っていた。
だが梶井はまだまだ気を抜けなかった。
先ほどから理事長と来間が第一会議室から出てこない。学園の売却が一歩遠のいたにもかかわらず、何も動きが無いのが不穏だった。それとも絶対に優勝できないという確信でもあるのだろうか。
そんなことを考えている間に、テレビから試合終了のホイッスルが聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます