第7話
「お前、相変わらず下手だな」
長身をゲーミングチェアに収めた榊原優太は、ヘッドホンから聞こえてくる声に悪態を吐く。
「うぜぇ、お前、運が良かっただけだろ」
「いやお前がチームで一番練習してるくせに、一番勝率悪いじゃんかよ」
「うるせぇ、殺す」
「うわ、怖ぇ。お前、ゲームの時だけめちゃくちゃ口悪くなるなよ。優太って名前じゃなかったのか?」
「次行ったらマジでシバく」
「はいはい」
「もう一回な」
「おけ」
その時、部屋の扉が開いた、優太はヘッドホンのせいで気づいておらず、あわてて立ち上がる。
部屋に入って来たのは優太の母親だった。
「今日の夜ご飯どうするの?」
「あー、今日はいらないや」
「あんた、さっき殺すやらシバくやら言ってなかった?」
「気のせいじゃない、母さん」
「ホントでしょうね。口使いには気をつけなさいよ。お友達がいなくなるわよ」
「分かったよ」
「最近は何のゲームをしてるのよ」
「サッカーのゲームだよ」
「あれ、あんたまだサッカー好きだったの?部活辞めたから、てっきりもう飽きたのかと思ってたわ」
「まあ、実際のサッカーとゲームは全然違うし」
「そう。じゃあお母さんもう買い物行ってくるわ。何か欲しいものある?」
「じゃあ、エナドリだけお願い」
「いつものやつ?」
「うん」
「夜更かしもほどほどにしなさいよ」
「もちろんだよ母さん」
そう言うと、母親は優太の頭を撫で部屋を出ていく。優太は改めてゲーミングチェアに座るとヘッドホンをつけた。
「優太って、母親との会話はあんな感じなんだな」
「うるせぇ、殺すぞ」
そこで再びゲーム仲間との試合が始まる。その時、ベッドの上でスマホが振動を始めた。しかし優太は気づかないままゲームに集中する。それはまるで泣く子供を無視してスマホを触っている母親のようだった。
「今のファウルだろ、おいっ」
優太の叫び声が、姿の見えない友達と、部屋に響き渡った。
博明はショッピングモールの中にいた。
「あら博明君、こんにちは」
「こんにちは」
博明はいつものおばさんに挨拶をする。
そのまま歩いていくと、南口前の猫カフェにやって来る。カフェは廊下側がガラス張りになっていて、店内の様子を伺うことが出来た。
博明はその中にいる一匹と目が合った。茶色の毛が特徴の、賢そうな猫である。
博明は引き寄せられるようにして、ガラスに近づいていく。猫の方も博明に近づいて窓際まで来てくれた。
「こんにちは」
博明はしゃがみ込んで、猫に話しかけるも反応はない。
「恥ずかしがり屋さんなのかな」
博明はそう言いつつも、猫を撫でようとして窓ガラスに突き指をした。
すると中から女性の店員がやって来る。
「入られますか?」
それに対して博明は答えた。
「僕、お金を持ってないんです。昔、猫が悲しそうにしていたから小銭を全部あげました。それ以来、ママが僕にお金を持たせないようにしているんです。たぶん、ママは猫があまり好きじゃないんだと思います」
博明がそう答えると、店員は困ったように眉を顰める。
「そうですか、じゃあまた今度、お金がある時にぜひ」
店員は逃げるようにして、店内へ戻って行った。
「そういえば昔は、サッカーを頑張るたびにお小遣いを貰ってたな。でも最近は貰ってない。なんでだろう?最近の僕は、あまり上手くプレーできてないのだろうか」
博明は独り言を言いながら首をひねる。
「まぁいいや」
再び猫の方へ向き合う。
「それにしても、親切な店員さんだったな」
するとそこで電話が掛かって来た。
「電話だ。ちょっと待ってね」
博明は猫にそう言うと、スマホを取り出した。するとそこには十桁ほどの数字が映し出されている。
「誰だろう」
博明が言った。
「この人、知ってる?」
博明が猫に画面を見せるが、猫は顔色一つ変えなかった。賢そうな猫だが、知らないこともあるらしい。
「まぁ、世の中は広いからね。君が知らないことがあっても仕方ないよ」
博明はそう言いつつ、スマホの画面を見つめた。
「僕ママから、知らない人から掛かってきた電話には出ちゃ駄目だよって言われてるんだ」
博明は猫に説明した。
「僕に名前が数字の知り合いはいないから、この電話は出ちゃ駄目だね。えへへ、また一つ賢いことをしちゃったよ」
博明が照れたように頭をかく。そして、電話を切った。
そこで博明は立ち上がる。
「じゃあね、また明日。ママに僕の賢いことを教えて上げなくちゃ。そうすればまたお小遣いが貰えるかもしれない」
博明は猫にそう言うけれど、反応はない。
「やっぱり、シャイな子なんだな」
そう呟くと、博明はショッピングモールを後にした。
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