第6話
「っていうわけだ」
亮太が梶井から聞かされた話をそのまま麻衣にする。梶井はあいつらに連絡を取るため、先に職員室へと戻った。
「そうなんだ」
麻衣の第一声はあっさりとしていた。電話越しのせいか、麻衣が何を考えているのか読み取れない。
「でも安心しろ。卒業できるように、俺が何とかするから」
「亮太は私に勉強させたくないんじゃなかったの?」
「受験をさせる気は無いが、高校くらいは卒業させてやりたい」
「でも、そのためにはまたピッチに立たないといけないんでしょ?」
「そうだ」
「良いの?もう楽しくないサッカーはやりたくないんじゃなかったの」
「確かに直哉がサッカーを辞めてから、俺たちは試合が楽しくなくなった。でも麻衣のためなら仕方がない」
「私のために、そこまでしてくれなくても良いよ」
「もう決めたことだ。それくらいの覚悟はある。とにかく、一度学校へ来い。あいつらを呼び出さないといけない」
「分かった」
電話を切ると、亮太は職員室に戻る。
「どうなってるんだ。どうしてあいつらは誰一人として電話に出ないんだ」
校長の谷崎が電話を耳に当てながら嘆いている。他にも教師たちが各々のデスクで受話器を持っているが、誰一人として通話をしているものはいなかった。
分かっていた事だったが、亮太はその光景を見て苦笑いを浮かべる。
「やっぱり直接探し出して連れてくるしかないんじゃないですか」
教師の一人が言う。
そこで梶井が亮太の元へやって来た。
「みんなの居場所が分かるか?」
「この通りだ。もうすぐ三年記念日だし、今週末くらいデートに行ってくれないか?」
谷本裕介は日に焼けた顔を、最大限に下げた。背は高くないが、ゴツイ体つきの色黒男が腰を九十度に首を垂れる様は滑稽だったであろう。後ろを通った塾帰りの小学生たちが裕介を見て笑い声を上げる。それでも裕介は彼女に頭を下げ続けた。
しかし彼女はそれを無視して、家の方へと歩き始める。
裕介は慌てて追いかけた。
「いつも同じことばっか言って、何も変わってないじゃない」
裕介の彼女は仕方なく足を止め、腕を組む。ちょうどロータリーのバス乗り場の前だった。彼女は胡散臭い政治家を見るような目つきで裕介を見ている。
「突然、サッカーを辞めるとか言い出したと思ったら、勉強もせず遊んでばっかで。しかも浮気までしたくせに。何をいまさら」
「俺が悪かった。だからどうか許して欲しい」
アメリカ人の父親譲りであるイカツイ顔が、メダカのように弱々しくなっている。
裕介は全く余裕のない表情をしているが、彼女の知った所ではない。
そのとき、ポッケに入っている裕介のスマホが鳴った。
日が傾き始め、駅前の道路が夕日色に染まっている。
「出たら?」
彼女の冷たい声が響く。
「お前に許してもらえるまでは出ない」
裕介は誰からの電話から確認することもなく、答える。
「じゃあ、一生出ることは出来ないわね」
彼女が言った。
「どうしたら、俺は電話に出られるようになる?」
裕介が哀願するように彼女の顔を覗き込む。
「何か一つでも、真面目に物事へ取り組んでみたら?話はそれからよ」
そう言うと、彼女は歩き出そうとする。
「待って」
それを裕介が呼び止めた。思わず彼女の手を掴んでしまい、睨まれると、慌てて手を引いた。
「何でもするか、どうかこの通り」
裕介は再び頭を下げる。
「何でも言うことを聞くのね?」
「じゃあ分かったわ」
彼女は言った。そこで裕介のスマホは泣き止む。
「そこに交番があるわよね」
彼女が駅前にある鋼板を指差さした。
「あそこでお巡りさんに、浮気は何罪に当たりますかと聞いてきなさい。それでその後に自首してきたなら、刑務所から出て来た時に電話くらいしてあげる」
「そんな………」
「やるの?やらないの」
「分かったから。やるよ」
そう言うと、裕介は回れ右をして、歩き出す。そして恐る恐る交番の扉を潜った。
すると一人のお巡りさんが顔を出す。
「君、どうしたのかな?」
「あの、浮気は何罪に当たりますか」
「はい?」
お巡りさんの口調が変わる。
「自首したいんですけど」
そう言った途端に、交番の中にも関わらず雷が落ちた。
「君、名前と学校名を言いなさい。大人をおちょくるのも、大概にしろよ」
理由は分からないが、裕介はどうやらこのお巡りさんの逆鱗に触れたようである。理由は全く分からないが。
「おちょくるつもりはなかったんです。ただ彼女にやれと言われて」
裕介は慌てて弁解するも、お巡りさんの説教はしばらく続いた。三十分ほど経ってようやく交番から解放されると、そこに彼女の姿はなかった。
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