第41話
しばらく食事を楽しんでいると、亮太の携帯に電話が掛かって来た。電話の相手は麻衣である。亮太は携帯の画面を見つめた後、その場で通話を始めた。
「もしもし聞こえてる?」
麻衣が言った。
「もしもし。もう家か?」
「ううん。まだ学校にいる。梶井さんもいるよ。そっちは?」
「今はビュッフェで夕食中だ」
「いいねビュッフェ。私も食べたいな」
「また今度な」
麻衣は努めて明るい声で話していた。そして他愛もない話をしている。こういう時はたいてい、言いにくいことがある時だった。
「それで用件はなんだ?」
亮太がそう言うと、麻衣はしばらく黙り込んだ後、意を決したように聞いて来た。
「約束。忘れてないかなと思って」
麻衣はそのことが心配だったようである。
「もちろん。忘れていない。何があってもサッカーを辞めないってことだろ?」
「覚えていたならいいや」
麻衣はホッとしたようだった。
「もし約束を忘れたとしても、当分サッカーを辞めることは無いだろうからな」
「どうして?」
「今日の試合が楽しかったからだ」
亮太の言葉に横の拓実が反応した。
「麻衣ちゃんからか?」
拓実はスマホを耳から離した。
「そうだ」
亮太が言うと、拓実が目を丸くする。
「珍しいな。亮太が素直に楽しかったなんて言うの」
拓実が同意を求めるように前の優太と裕介の方を向く。二人とも拓実の意見に賛成のようで、首を縦に振っていた。
「でもそれくらい、今日の試合は良かったよな」
優太が言った。そこで亮太はみんなの会話が聞こえるように、通話をスピーカーにする。
優太は続けた。
「俺プロになろうかと思ったもん」
その一言で仲間たちから驚嘆の声が上がった。
「おいどうしちゃったんだよ優太。熱でもあるんじゃないか?」
拓実が本気で心配そうにして、優太のおでこに手を伸ばす。その手を優太は笑いながら払いのける。
「お前そんなこと言うキャラじゃなかっただろ」
裕介も驚いたようで優太の顔を凝視していた。
「いや実はさ」
優太はそう言うと、少し頬を赤らめながら言った。
「俺がいつも遊んでたゲーム友達からさっき連絡が来て、俺のプレーを見て感動したって言ってくれたんだ。それでなんというか、こんな俺でも誰かを感動させられるのかと思って。もし一人でも多くの人を感動させられるのだとしたら、プロになるのも悪くはないかなって」
優太は俯きがちにそう語った。言い終えると恥ずかしそうに、頭を搔いている。
「そんなマジになるなよ。本当にプロになれるかなんか分からなねぇんだし」
優太はそうやって笑い飛ばしたが、その場の誰も笑わなかった。
静寂の中最初に口を開いたのは麻衣だった。
「すごく良いと思う」
電話越しに麻衣の声が聞こえてきた。
「麻衣ちゃん、聞いてたのかよ」
優太が驚く。すると電話からさらに梶井の声も聞こえて来た。
「お前ならプロになれるさ」
亮太は梶井がプロを諦めたことを思い出す。今の言葉には説得力を感じられた。
「まずは明日の決勝だ。プロになるなら、こんな所で負けてはいられないだろ?」
亮太が優太を挑発する。
優太の表情が引き締まった。
「任せろ」
拓実が美味しそうにソーセージをケチャップに浸し、一口で頬張った。
「お前このタイミングで食うのかよ」
裕介がツッコむと、亮太たちは笑顔に包まれた。
電話の中の麻衣が言う。
「そういえば慎司はどう?」
亮太はスマホのスピーカーを解除し、再びスマホを耳に当てる。慎司の方を見ると、彼はブスっとした顔で白米を口に運んでいた。
「さあな」
亮太が言った。
「途中でコートから出て行っちゃったけど何があったの?」
「いつものことだ。あいつが馬鹿な事をしようとしたから、パスを出さないと言った。すると拗ねてプレーを辞めた。これは遊びじゃない。グランドリーグだ。一人の自己満的なプレーでチームの輪を見だすことは許さない」
麻衣はしばらく黙り込んだ後、「そっか」と一言だけ暗い声で返した。
「明日の決勝も頑張ってね」
「おう」
麻衣が一拍置いて、息を吸い込んだ。
「お兄ちゃんも応援していると思うから」
そこで通話は終わった。
亮太は最後の言葉を咀嚼するように黒いスマホ画面を見つめる。
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