第40話
二試合を終えた向影のサッカー部は慎司を除いて疲労を感じつつも、誇らしげな表情で食事会場に足を運ぶ。慎司だけはムスッとした表情で、亮太たちから距離を取り黙っていた。
エレベーターを降りて廊下を進むと、ホテルの夕食会場である。重厚な扉の奥に進むと視界が広がった。正面と右側には奥行きがあり、びっしりとテーブル席が並んでいる。そして左手側にはビュッフェ形式で美味しそうな料理が用意されていた。
「わぁ。良い匂いだな」
拓実が目を閉じて鼻から思いっきり息を吸う。夕食会場はグランドリーグが貸し切っているようで、利用しているのは大会関係者だけだった。
亮太たちは右手側の空いていた一角を陣取り、各々料理を取りに行く。
一番張り切っていたのは拓実で、皿の上にソーセージのタワーを組み上げてみせ、ホテルの人に苦笑されていた。
亮太は明日に残る決勝戦の事も考え、サラダと米と肉をバランスよく取った。飲み物はオレンジジュースを選択する。
どの皿にも溢れんばかりに食べ物が乗ったお盆を抱える拓実に歩くスピードを合わせ、亮太は席へと戻った。先にソファの奥に拓実を座らせる。
拓実がソファの座面に手を突いたと同時に、突然お盆を落とした。
「いてっ」
拓実の口から思わず言葉が漏れる。幸いにもお盆は机の上に落ち、僅かにソーセージや寿司のネタ、それからタプタプに注いだミルクティーが零れただけで済んだ。
「どうしたんだ?」
亮太はおしぼりを差し出しつつ拓実に聞く。
拓実は右の手首を気にしつつも、「何でもない」と答えた。前に座る裕介と優太も心配そうに拓実を見ていたが、拓実がすぐに料理にがっつき始めたので気にせず食事を始めることにしたようである。
隣のテーブルでは博明らがすでに食事を始めており、蓮が慎司を励まそうと貰って来たステーキを分けようとしていた。
だが慎司はそれを拒否した。
会場の扉が開き、ジャージ姿の永赤の面々が登場する。
辰巳はすぐに亮太たちに気づくと清政たちを引き連れて、亮太たちのテーブルまでやって来た。
「まるで芸術作品だね」
辰巳がすでに半分ほどの高さとなったソーセージタワーを見て言った。
拓実がフォークでソーセージを一本刺し、辰巳に差し出す。
「食うか?」
それを辰巳が丁重に断った。
「ところで君たちは決勝戦の相手がどこか知っているのかい?」
辰巳に聞かれて亮太たちは顔を見合わせる。
「裕介、知っているか?」
「すまない。確認し忘れていた」
「拓実は?」
「誰が相手だろうと俺たちの優勝で決まりだよ。なんだって俺たちは最強なんだから」
亮太は優太を見る。優太も首を横に振った。
「君たちらしいよ」
辰巳が言う。
「決勝戦の相手は百沼学園だ」
向影の部員たちは名前を聞いても、誰一人ピンと来なかったようである。
「正直に言うと、僕たちも戦ったことはなくその素性は謎が多い。最近は地方の大会で実績を積み重ねたみたいだけど、数年前までは全くの無名。急成長したチームだけど、その分情報も少ないし何をしてくるか分からない。決勝戦は僕たちとはまた違った意味で厳しい試合になりそうだね」
「どうしてわざわざそんなことを教えるんだ?」
蓮が聞いた。
「もう僕たちは真剣勝負をしあった仲だろう?僕たちも君たちの優勝を望んでいるということだよ」
辰巳が向影の面々を見渡した。
「とにかく気を付けておいた方が良い。相手の実力ははっきり言って僕たちよりも下だ。それでもここまで勝ち上がって来たからには、何かがあるってことだからね。勝利を手繰り寄せる何かが」
その時、またもや会場の扉が開いた。
白に青い線の入ったジャージ姿の一団が登場する。彼らは校則が緩いのか、髪を染めていたり編み込んだりしていた。ジャージの感じとも相まってヤンキーのようである。心なしか顔つきも鋭い。
「噂をすれば、だね」
辰巳が言った。
「あれが百沼学園か」
蓮が呟いた。
その時、一団の後ろから一人ヨレヨレのシャツを着た男がレストランに入って来る。それは公園で亮太たちに話しかけてきた男だった。
「まじ?あのおじさん百沼の監督だったのかよ」
辰巳の後ろで清政が言った。
「穏やかではなさそうだね」
辰巳はそう言うと、百沼から亮太たちへと視線を戻す。
「ともあれ明日の決勝戦、僕たちは三位決定戦だけどお互いに全力で頑張ろう」
辰巳の差し出す手を亮太が取った所で、永赤高校のメンバーは席を探しに離れていった。
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