第39話
試合が再開する。
「俺の事は徹底的に無視か?」
慎司が言った。
「プレーが改善されるまで、お前にボールは渡さない」
「なら俺は試合に出ない」
そう言うと慎司は一人ベンチに歩いていく。
釜本は驚いてコートぎりぎりまで慎司に駆け寄った。
「おい、何やってるんだ。試合再開するぞ」
しかし慎司は無視して釜本の横を素通りし、ベンチに座った。釜本はかける言葉を探していたが、仕方なく代わりの選手を投入する。
相手のフリーキックで試合が始まると、徐々に試合展開は変化し始めた。最初の方は地力で勝る永赤が有利にボールを運ぶ。しかし亮太たちの意識が変化していた。
ボールを持った白鳥に亮太が対応する。
「いいの?あのフォワード君がいなくなって」
「そっちこそ、敵の心配なんてしている余裕があるのか」
白鳥は不敵な笑みを浮かべると、亮太をドリブルで抜き去ろうとする。かと思ったら、すぐに停止し清政にボールを預けた。
「悪いね、分の悪い勝負は仕掛けない主義なんだ」
白鳥がそのまま、清政からワンツーを貰おうと走り出す。
しかし亮太はそれを予測していたかのように反転すると、白鳥の僅か後ろにつく。
清政は機械的に白鳥からのボールをダイレクトで落とした。白鳥が亮太を見て、慌てて前に入る。
だが亮太は僅かな隙を見逃さず、スライディングをした。
かろうじて向影が先にボールを触る。
するとボールはこぼれ、辰巳と蓮の間に流れた。
辰巳が素早い反応でボールをトラップしたが蓮は諦めず距離を縮める。長い髪の毛が絡まるのも厭わないようだ。
最終的に勝ったのは向影のセンターバックだった。
相手がトラップしたボールを突くようにして蹴り出す。ボールは勢いよく飛んでいき、サイドラインを割った。
相手ボールにはなったが向影は、永赤を自由にさせていない。
「これが続けば、相手には相当なストレスがかかる。そうすれば自然とミスが増え、うちのチャンスも広がるということか」
梶井は感心してテレビ画面を眺めた。
「君の仲間たちは、サッカーに関して言えばかなり大人のようだな」
梶井が麻衣に言う。
「人間としても成長してくれたらいいんですけど」
麻衣が画面に映し出されている亮太を見て言った。
試合は亮太の狙い通り、徐々に永赤の勢いが衰え始める。
「ドンマイ、ドンマイ。モウイチド、集中シテいこーよ」
熊田トルエがピッチの後方からチームメイトに声をかける。
しかし白鳥や清政の表情は苦しそうである。
「気を張るな。別に逆転された訳じゃない」
辰巳が清政に声をかけた。
「それは分かっているんだけど、厳しいな」
スローインで試合が再開し、辰巳に向かってボールが投げられる。亮太は足を伸ばしボールに僅かに触れたが取り切ることは出来なかった。
コースの変わったボールを辰巳が迎えに行く。辰巳もいつになく真剣な表情をしていた。
「状況を打開しなければという責任を背負っている訳か」
梶井がテレビを見て言う。
辰巳はドリブルで拓実を抜き去ると、蓮に勝負を仕掛けていた。
蓮は先ほどからボールを取ることを諦めて、抜かれないプレーを徹底している。しつこくついてくるイケメンに、永赤のリーダーに疲労が蓄積し始める。
辰巳はボールをこねても仕方がないことを理解し、手で味方に指示を出す。ここで勝負を決めるようだった。
辰巳は縦への突破を諦めて、中にカットインをする。
清政が動きなおして、ディフェンスの背後を狙った。
白鳥も辰巳を追い越すように上がって来て総攻撃の体制だった。
「赤坂と栗平が釣りだされたか」
辰巳がギアを上げ、蓮を抜き去る。
「まだ全速力じゃなかったのかよ」
釜本が悔しそうに太ももを叩く。
辰巳はそのままゴールに向かって突き進む。白鳥たちに気を取られた赤坂と拓実は間に合わない。
開いた花道を進むと、辰巳はフリーでシュートモーションに入った。
「これは勝負あったか」
西園寺が力なくベンチに座り込む。
「いや、まだですよ」
釜本がピッチ上を指差した。
辰巳の後ろから一度抜かれたはずお蓮が猛ダッシュで迫る。ものすごい勢いだった。
「馬鹿な。間に合う距離ではないだろ」
「間に合う必要はありません」
辰巳は蓮の気配を感じつつもそのままシュートを放った。勢いよく飛んで行ったボールは見事に思われたがクロスバーに直撃する。
「プレッシャーに負けたな」
梶井が言った。
辰巳を追い越した連が跳ね返ったボールをクリアした。
そのボールを裕介が収める。
「反撃開始だ」
裕介が上がって来た亮太にパスを出すと、ボールは亮太から優太へと繋がる。
優太はドリブルを仕掛ける。今まで守備に奔走していたとは思えない速さだった。
熊田もそれに対応した。瞬発力を活かして、優太にピッタリついていく。
しかし優太は急停止した。
熊田は止まり切れない。
慌てて戻ろうとした永赤のディフェンスリーダーだったが、優太と裕介のワンツーで置き去りにされてしまう。
そのまま優太はアーリークロスを上げ、入り込んできていた亮太が合わせて向影の得点となった。
職員室から歓声が上がる。
会場でもベンチから西園寺が雄叫びを上げていた。
「やった。やりましたな先生」
釜本が興奮して、西園寺とハイタッチをした。慎司は面白くなさそうな顔をしていたが、ホッとしたような表情も見せる。
亮太は寄ってきた二人の肩に手を置き、「ありがとう」と言った。
その後試合は拮抗した展開が続いたが決着がつかず、PK戦までもつれ込んだ。
その結果、亮太・蓮・裕介・優太・博明が点を決めた向影に対し、辰巳がシュートを外し五対四で向影の勝利となった。
勝利した瞬間、向影は亮太を中心に輪を組んで喜びを分かち合う。亮太もその中心で仲間たちの顔を見つめた。
「サッカーって楽しいな」
亮太がボソッと呟いた。
すると優太から、「当たり前だろ」と返って来る。
さらに蓮が「今更気づいたのかよ」と言った。
裕介は「お前がまたサッカーを楽しめる日が来て良かったよ」と感慨深そうに話した。
慎司もベンチから輪を見つめる。あともう少しのところで、チームに貢献出来なかった自分に腹が立っていた。
「あそこで突破出来ていれば………」
慎司が唇を噛む。
亮太たちの元に、辰巳らがやって来た。
「見事に負けたよ」
辰巳が手を差し出してきた。
「僕たちはいつからか、綺麗なサッカーにこだわりすぎていたのかもしれないね」
「いいや、あんたたちは強かったさ。俺たちが戦ってきた相手の中でも、間違いなく最強だ」
亮太がお世辞ではなく、本音でそう語った。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
辰巳が笑う。後ろで熊田がぎっと、優太を睨んでいた。
「ツギは負けない」
熊田が言うのを見て、清政と白鳥が苦笑する。
「いやぁ、本当に強かった」
清政が言う。
「決勝も頑張って」
白鳥が向影にエールを送る。
「また一緒にサッカーしようね」
辰巳が言うと、握っていた手に力が籠る。亮太も負けじと手を強く握り返した。
そのまま両チームは整列すると、ベンチに礼をしてピッチを去る。
分厚い雲の隙間から太陽が顔を覗かせて、短い晴れ間が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます