第33話
裕介の彼女は家のリビングで一人テレビを点ける。母はイヤホンをしながら皿洗いをしていて、父はゴルフに行っていた。
テレビの画面には真っ赤なユニフォームに対して向影の真っ白なユニフォームが光っている。試合が始まってすでに向影が一点をリードしていた。
そんな中、得点者として裕介の姿がアップで映し出される。その目はこの瞬間も常にボールを追っており、表情は真剣そのものだった。
「本当に試合しているんだ」
彼女が胸の前で手を組む。気づけば前のめりで試合を観戦していた。日に焼けた体を目で必死に追う。裕介はサッカー部のメンバーに交じっても色が濃く、見つけやすい。でも彼女は裕介が生まれつきそうであった訳ではないと知っている。
中学生の頃、裕介は仲間内の中でもサッカーが上手な方ではなかった。元々運動神経は良かったが、ボールの扱い方やポジショニングは全くダメ。シュートも力任せで全然思ったところに飛ばず、浮き球の扱い方なんて目も当てられなかった。
そんな中で裕介は部活の仲間と楽しくサッカーをしていたが、胸の内には悔しさを秘めていた。そして部活の練習が終わり、亮太たちと集まってやるサッカーも終わった後、一人家の近くの公園に行き、ボールを蹴っていたのである。彼は暇さえあれば練習していたのだった。
裕介と彼女が初めてちゃんと話したのもその公園である。当時彼女もテニスをしていて、試合に向けて体力をつけようと公園に行ったのだった。するとそこには毎日裕介がいて、負けず嫌いな彼女は裕介よりもたくさん練習してやろうと思った。しかし一度として勝てたことはなかった。どれだけ朝早くに行っても裕介はいたし、どれだけ夜遅くなっても裕介は帰らなかった。
それで彼女の方からついに声をかけてしまったのである。
「どうしてそんなに練習しているの?」
その問いに対して彼は笑っただけだった。でもそれだけで彼女には分かってしまったのである。彼にとってそれは、楽しい事だったのだと。
その時に聞いたら、裕介はそんな練習を小学生の頃から何年も続けていたらしい。裕介が上手いのは決して彼の才能ではない。普段は穏やかでそんな表情を全く見せないのに、真剣な顔にはその裏にある無数の努力が見える。
彼女はそんな裕介の表情が好きだった。だからあんなに頑張っていたサッカーを辞めると言った時は悲しかったしショックだった。
はたから見なくても裕介の心の支柱はサッカーだったのに、それが無くなればろくでもない人になるのではないかと思った。
しかし今、裕介は再びコートに立ちあの鋭い目つきでボールを睨んでいる。
高い位置でボールを奪った博明が、前の優太にパスを当てた。絶好の位置でボールを受けた優太は相手の守備陣が整う前にドリブルを始める。一人目をあっさりと抜きさった優太はそのまま二人目を引きつけ、ペナルティエリア深くに侵入した。
向影の天才ドリブラーは中の様子もろくに確認せず、マイナスのパスをゴロで送る。
優太は分かっていた。そこにゴールの匂いが少しでもあれば、裕介は走りこんで来ると。
そして優太の予想通り、パスの先には裕介がいた。裕介はそのままマイナスに転がって来たボールをダイレクトで蹴る。そのシュートは浮かび上がると、ものすごい勢いでゴールの右上に突き刺さった。威力もコースも完璧なシュートである。これはプロがキーパーでも止められない。
ガッツポーズを掲げた裕介に亮太たちチームメイトが集まる。
その様子を見ていた彼女は気づけば涙を流していた。
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