第42話 魔法陣
港のエリアに入ると、雲の隙間から太陽の光が幾筋も海に差し込むのが見えた。
「美しいな」
後部座席のルイの言葉に、俺は無言で頷いた。
バイクの甲高い排気音が、港の広大な空間に溶け込むように消えていく。
俺たちは潮風に吹かれながら、第三埠頭の先にある公園を目指し、バイクを走らせた。
しばらく道なりに進んで、行き止まりのT字路を左に曲がる。そして、真っ直ぐ進むと、目的地の公園に着いた。
平日の昼間ということもあって、他に
公園には動けるメンバーが十人、すでに集まっていた。
「竜一くん、大変なことになってる……」
「どうした健介?」
バイクを駐め、鍵を抜きながら訊くと、
「ガレージが火事だ。あれは多分、火炎瓶か何かだ。シャッター閉まってたから外側だけだけど、酷く燃えてた」
健介が落ち込んだ様子で言った。
嫌な予感がしてガレージを見にに行く途中、火事を発見したということだった。すぐに消防に連絡したので、大事には至らなかったらしいが、あそこに集まっていたら煙に巻かれた上、襲われていたかもしれない。
「奴らか……汚いまねをするぜ。ところで、西上さんが言っていたものは用意したか?」
「もちろんだ」
目の前には、塩がいっぱいに入ったバケツが十個置いてあった。
ルイは、塩に何か粉のようなものを振りかけ、枝を突き刺していった。
「それは何だ?」
「これは街の中心にある大銀杏の葉を粉にしたものとその枝だ。これであの霊樹に宿っている力をこの塩に移す」
ルイはそう言い、作業が終わると口の中で短く呪文を唱えた。全て終わると、俺の方を向いて頷く。
「OK。それじゃ説明するが、実は作戦に少し変更がある。奴ら、自分たちだけでなく、街全体に巨大な
「呪いって、その催眠術みたいなことか? 街全体ってどういうことだ?」
「ああ。まあ、これを壊すことで奴らの催眠術そのものも効かなくなるってことなんだ。これから、奴らのアジトに向かうはずだったんだが、ターゲット変更だ。詳しくは西上さんが説明するが、要は街全体に仕掛けてある呪いのポイントを壊して回るんだ」
俺はそう言ってルイに話をするよう促した。
ルイは地面に大きな紙を拡げた。それは俺のたちの住むこの碧海浜市の地図だった。北の方角にはこの街を見下ろす庵泰山(あんたいさん)があり、南の方角には広大な港のエリアがある。東の方には幾つもの工場が連なるエリアがあり、さらに東の方には一級河川の
「今から教えるポイントを結ぶと、街全体を包む巨大な円になる。これらのポイントには、銅像やオブジェ、構造物なんかがあるんだが、それらには呪いの黒い文字が描かれているんだ」
「それをどうするんだ?」
「まずその黒い文字を白のスプレーで塗りつぶす。そしてそれらの前に塩で山を作って銀杏の枝を頂点に刺すんだ。それからバケツの塩は三分の一くらいは持って帰ってきてほしい。後で使う可能性があるからな……」
ルイはそう言うと、メンバー一人一人に、今から行くポイントを説明し、塩の山の作り方やスプレーでの塗りつぶし方を教えていった。
ブラック・マンバと戦ったときの奴らの化け物ぶりがよほど凄かったのか、途中、塩の山の作る位置や銀杏の枝の刺し方なんかを質問するほどに、メンバーは熱心にルイの説明を聞いていた。もちろん、俺の指示ということもあったんだとは思うが、ルイが心配したように頭から話を聞かない奴は一人もいなかった。
説明が終わると、メンバーそれぞれがバイクに跨がり、バケツを持った。
「それぞれ、打ち合わせの場所にセットしてきてくれ。ブラック・マンバを見つけたら個別撃破だ。ただし、深追いはするな!」
「了解!」
メンバーは、次々にバイクで出かけていった。
「皆、行ったな」
「ああ」
ルイに、俺は頷いた。
「しかし、本当に皆、お前の言うことは信じるんだな?」
「だから言ったじゃないか」
俺が答えると、ルイは微かに笑った。
「だが、街全体を覆う魔法陣っていうが、何もふだんと変わらないよな。まあ、魔法っていうくらいだから、目には何も見えないのか……」
「虎徹の力が無くなったためか。だが、今のお前の霊力なら見えるはずだ」
ルイはそう言い、オレの後ろに回ると両手で俺の頭を挟んだ。
「うおっ!!」
突然、空に見えた黒いドーム状の物体に俺は身震いした。
その少し透けた真っ黒な球状の壁は、ずっと下の方から立ち上がり、空全体を覆っているように見えた。所々に、小さな紫色の雷が光り、うなり声のようなゴロゴロという低音が響いた。
「これが、今、悪魔の力を増幅しているのだ」
ルイの言葉に俺は頷き、唾を飲んだ。
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