第26話 遭遇

 雀の鳴き声でオレは目を覚ました。あくびを一つして祠の外に出ると、眩しい日の光が目を射した。


 前足を前に伸ばし、体全体で伸びをする。するとバキバキと体中の骨が鳴った。

 何だか久しぶりに起きたような気分だった。よく寝たなんてもんじゃない。


 悪魔との激闘のせいかな……。オレはそう思いながら体中を舐め、身繕いした。

 腹がもの凄く減っていて、背中にくっつきそうなくらいにへこんでいる。


(おい、クレージュに行こう!)

「お。竜一も起きてたか?」


(おう。お前の腹の音がうるさくて目が覚めたぜ)

 竜一が笑って言った。

 太陽は頭の上をかなり過ぎている。もう昼飯時はとっくに過ぎている時間だ。


「この前は、悪魔のせいで行きそびれたからな。今度こそは美味いものを食うか」

 オレはそう言って歩き出した。

 走ろうとすると、体に力が入らずふらふらとする。オレはゆっくりと地面を踏みしめながら歩いた。


(虎徹……)

「何だ?」


(あれは本当のことだったんだよな?)

「悪魔との戦いのことか?」


(ああ)

「そうだな。何だか、夢を見ていたみたいな感じもするけどな……」


 本当に信じられないような激闘だった。あんな化け物がこの街にいて邪霊を生み出していたと思うとぞっとする。あれで、悪魔が大人しくしてくれれば心配はいらないんだが。


(何を考えてんだ?)

「いや、まあ。悪魔はあれからどうなったのかと思ってさ」


(あそこで倒せればよかったが、逃げ出しやがったからな。だが、復活するのにはもう少し時間がかかるんじゃないか?)


「そうか……そうだといいな」

 オレは竜一にそう答えると、街の景色を眺めた。地面には看板や建物の作る影と日光のコントラストができている。向こうでは、サラリーマンらしき人影が汗を拭きながら歩いていた。


 クレージュに向かう途中、海からの風に乗って新聞が飛んできた。

 オレは風に舞う新聞を前足で押さえた。プロ野球がどうのこうのと書いてあったが、興味はわかない。それよりも書いてある日付だった。


(おい。あれから十日も経ってるぞ!)

 竜一が驚いて言った。


「腹が減るはずだし、体に力が入らないはずだな。こんなに長い時間寝てたのは初めてだ」

 オレはそう言って、腹を押さえた。


 まさか、こんなに長い間寝込んでいたなんてな……。

 自分の寝ていた期間を自覚した途端、一層腹が減った。ますます腹は鳴り、どうにも堪らなくなってくる。

 オレのクレージュを目指す足は、どんどん早くなっていった。


 近道をするために、いつもと違う大通りの方へ向かう。そのまま、市内を流れる大きな河川を渡る橋の欄干に飛び乗った。


 もうすぐ、クレージュだ。

 浮き浮きしながら歩いていると、オレは奇妙なことに気がついた。


 さっきまでたくさん走っていたはずの自動車が一台も無くなったのだ。

 すると、しばらくしてずっと向こうから、バイクが数台走って来るのが見えた。日差しに揺らめくようなバイクの姿に目を凝らすと、後ろに自動車が何台も連なっているのが見えた。


 何のことは無い。赤信号でしばらく車が止まっていたのだろう。

 オレはそう思いながら、こちらに来る車列を見つめた。


 だが、ふだんのありふれた風景であるはずなのに、その車列は普通では無かった。


 強力な磁場のような、もしくは巨大な生き物の持つ圧力のようなものを感じる。それは、近づくにつれ、確かなものへなっていき、オレは目を外すことができなくなっていた。


 ――すると、突然、強い風が橋に沿って吹き、オレのヒゲや体毛を逆撫でた。

 オレは、橋の欄干の上で固まったまま、最初のバイクが数台通り過ぎるのを見送った。


 バイクに乗っている奴は漆黒の特攻服に身を固め、シールドを外したフルフェイスのヘルメットを被っていた。一瞬、見えた表情は妙に虚ろだった。


 バイクの排気音は明らかにノーマルなものでは無かったが、アクセルをふかすでも無く。真っ直ぐに走っていく。

 その後ろに数台のシャコタンのセダンが走って行た。


 風に煽られながらそれらを眺めていると、一番後ろを走っていた真っ黒で幅の広いアメ車に座る男たちと目が合った。


 運転手は髪が長く痩せた病的な表情の男。助手席に座っているのは、運転手よりも少し小柄で茶髪の男だった。


 オレの目は、いつの間にかその助手席の男に吸い寄せられていた。

 強烈な磁力のような魅力と、見る者をひれ伏せさせるような圧力を男は発していた。


 体の芯が痺れるような圧力。それは、あの悪魔にも劣らないほどのプレッシャーだった。


「何だ、あの男は……?」

(恭一……)

 オレが思わず呟くと、竜一がそう言った。


 その瞬間、男がオレを見た。

 目と目が合う。

 ほんの一瞬だったが、体の芯が痺れるような力を感じる。そして、男はすぐに目線を外した。


 車列が、一匹の大蛇のような存在感を放ちながら通り過ぎていく。

「竜一。あいつの名前は恭一っていうのか? あれがお前の言う敵のチームって奴か?」

 最後の車が道の向こうに消えていくのを見つめ、オレは呟いた。


(ああ、そうだ。あいつらはブラック・マンバ。俺のチーム、スカル・バンディッドの敵で、今の男たちはそこの頭の緋村兄弟。運転席は弟の冬次とうじ。助手席の奴が、リーダーで兄貴の恭一きょういちだ……)


「お前たちの敵……」

(どうした?)


「いや。うまく言えないが、嫌な感じがしたのさ」

オレは頭を振ってそう言うと、道の向こう側に消えていった車列の行方を見つめた。

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