第27話 焦り

 橋の上でブラック・マンバと遭遇した後、オレはクレージュに向かって歩き始めた。足取りはそれまでの軽やかなものではなくなり、ふわふわと頼りないものへと変わっていた。


 心の奥に、漠然とモヤモヤとしたものがある。喉に引っかかった魚の小骨のような不安感――だ。


 オレはその気持ちを振り切るように頭を振ると、クレージュへと向かった。それはそれとして腹が減っているのに変わりは無かったのだ。


 南にある港からの風に潮の匂いを嗅ぎながら、狭い路地に入る。

 三分ほど歩き、クレージュの裏口である古びたアルミドアの前に着いた。


 ゴミ箱のプラスチックの蓋をずらすと、底に大きな魚のムニエルが半分捨ててあるのを見つけた。


 すっかり、さっきまでの気持ちを忘れ、大喜びでそいつにかぶりつくと、脳天から尻尾まで貫くような快感が走った。


(こいつはたまんねえな)

「本当だな」

 オレの感想に竜一が同意する。


 オレは弱りきった体に染みこむようにエネルギーが充填されていくのを感じながら、魚を貪るように食べ、骨までしゃぶった。


 食べ終わって、ふと上を見上げると、厨房の窓が少し開いているのが見えた。

 口の周りの油を舐め回し、喉を鳴らしながら窓を見上げる。


 窓からは、テレビのニュース音声らしき音が漏れ聞こえてきた。

 オレは窓の出っ張っている部分に飛び乗り、中を覗いた。


 昼の忙しい時間帯が終わり、休憩しているところのようだった。コック帽を机の上に置いた料理人とフロアスタッフらしき少年がまかない料理をつつきながら、テレビを見ていた。


「……昨晩、港の埠頭で、大規模な不良チーム同士の抗争があった模様です。多くの怪我人が出た上、一般の車両も巻き込まれ、数台、大破したとの情報も入っています。関わった不良チームの名称はスカル・バンディットとブラック・マンバ……」


 オレはそのニュースを聞いてテレビに釘付けになった。


(何があったんだ……まさか、もう始めちまったのか……)

 竜一が呆然と呟いた。


「これ、さっき、橋の上で会った奴らとお前のチームが喧嘩をしたってことなのか?」

(ああ……)


「確か、浩二が言ってたな。ブラック・マンバとの抗争に打ち勝つって」

(それは、そうだが、俺がいないのに、大規模な抗争をするなんて……何か理由があるんだ)


「理由か……竜一。悪魔が背後にいるのかもしれないぜ……」

 オレは口に出すと、それが心の奥で引っかかっていた不安感そのものであることに気がついた。


(なぜ、そう思う?)

「あいつらを橋の上で見てから、ずっと引っかかっていたんだ。あのグループ全体を覆う強烈なプレッシャーは、ただの不良とか、そういうレベルじゃ無い」


(そうか……実は俺も気になっていたんだ。俺たちが寝ていた十日間の間に何かがあったのかもしれない)


「確かに、その可能性はあるな……。おい。お前たちの仲間はどこにいるんだ!?」

(なぜ、そんなことを訊くんだ?)


「気になるんだったら、確かめる必要があるだろ?」

(確かに、そうだな)


 オレは竜一に仲間のいる場所を訊くと、表通りへと飛び出した。

 街中を走っていると、いつもより出会う邪霊が多かった。

 

 決して気のせいでは無い。あの悪魔のせいで、街全体でも何かやばいことが起こっているのではないか――


 オレたち二人の心を強迫観念が支配し、焦げ付くような焦りが足を進めた。


 邪霊に出会い避ける度に、その思いが強くなる。邪霊の巣を潰したはずなのに、一向に減っていない邪霊たちは、その思いを証明するかのようだった。


 竜一に教えられたガレージに着くと、わずかに開いていたシャッターの隙間から中へと入る。スカル・バンディッドのメンバーが普段たまっている場所だった。


 錆びた工作機械や整備用のリフトが並び、機械オイルの匂いが漂っている。壁は打ちっぱなしのコンクリートで、奥にはタイヤがうず高く積み上げられていた。


 中には人の気配があった。オレは、タイヤが積み上げられた場所へと足音を殺して近づいていった。そこにはため息をついて、肩を落としているメンバーたちがいた。

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