第14話 訓練(1)

 瓦屋根の門をくぐり、寺の境内を通り過ぎる。辺りに人気は無く、竜一を敵対視しているという和尚にも出会わなかった。敷地を奥の方へ進んでいくと、墓地が見えてきた。


 整然と墓石が並ぶ中、黒く長いコートをまとった人影が立っている。

 死神だった。


「やはり、来たか……」

 死神が微笑みながら言った。


「何で、ここにいる?」

「予感がしてな。待っていたのだ……」


「オレたちも、ここなら死神に会えそうだなっていう勘だけで来たから、あんたのその予感に感謝だな」

 オレは感心して言った。


「それで答は出たのか?」

「ああ。竜一と話したよ。オレたちは邪霊の巣を潰し、奴らを倒すことに協力する。ただし、約束どおり、竜一の魂はオレの体から出して元に戻してくれ」


「ああ。もちろんだ。だが、一つ乗り越えなくてはならない試練がある」

「試練?」


「そうだ。訓練……いや、修行と言った方がいいかな。今のままでもいい線は行っているが、これからもっと強い敵と遭遇する可能性がある。そのためにも、霊力を更に強くする必要があるのだ」


「そう言えば、前にもコツがあるとか言ってたな?」

「そうだ。力を出すコツがあるのだ。そして、力そのものも鍛えなくてはならない」


「ふうん」

 考え込んでいると、


(いいじゃないか虎徹。漫画でも映画でも、訳の分からない強敵と戦う前は修行するもんだぜ!)

 竜一が勢いよく言った。


「そんなものかな……」

「決まりだな」

 死神が笑って言うと、オレは渋々頷いた。


「それではついてこい」

 死神は背中を向けて、一際大きな石碑の前まで歩いて行った。そこは、明らかに周囲の墓石とは異なっていた。


 石碑には人の言葉が分かるようになったオレでも分からない文字が刻まれていた。

 死神が石碑の前で右手の人差し指と中指を立て、

「オン ラビト マゴヤ ケア……」と唱える。

 しばらくすると、石碑の表面にバチバチッという音がした。


 少しずつ、黒くて四角い穴が開いていく。

 黒い空間と石碑の表面の境界には、紫色の電気の火花のようなものが断続的に飛び散った。


「何だこれ?」

「修行のための場所への入り口だ」


(むう。何だか燃えてくるな……)

 竜一が嬉々として言うが、何がうれしいのだか全く分からない。

「早く来ないと閉まるぞ……」

 死神の声を聞いたオレは、慌てて穴へと飛び込んだ。



 穴の中は暗闇で、降りたところの地面だけが白く光っていた。その白く光る地面は細く、山の稜線のように上の方へと続いている。


 右も、左も、下は暗闇だから、落ちたら命はないような気がする。もちろん空も暗闇で、ここが普通の空間じゃないことは確かだった――


 死神の後ろを歩き、その白い地面の上をしばらく進むと、その先、山の頂上のような部分に小さな一軒家が見えてきた。それは六角形の屋根を持った小さな建物だった。


「入るんだ」

 死神に促されて入ると、そこは白く広い空間だった。あんなに小さな建物の中だったはずなのに、白い床が延々と続いている。


(魂だけの俺が言うとおかしいが、何だか息苦しい感じがするぜ)

「大丈夫か?」


(お前は何ともないのか?)

「ああ。オレは大丈夫だぜ。だが、いったいここはどこなんだ?」


「ここは、悪霊を祓うことを生業にしていた修験者や陰陽師が修行した場所。現世うつよ仙界せんかいの狭間にある修行霊場とでもいうところだ」

 死神がオレの目を見て言った。


「つまり、普通の世界ではないということか?」

「まあ、簡単に言えばそういうことだ。お前たちの住む世界から少しだけ上位の霊界にいると思えばいい」

 死神は静かに答え、言葉を続けた。


「ここは、霊的なプレッシャーが強くて、いるだけで霊力が鍛えられる。そのため、ここで霊力を鍛える修行が行われてきたんだ」


「ふうん」

 オレが生返事をしていると、


(そうか、じゃあ、頑張らないとな。虎徹がどんだけ強くなれるのか楽しみだぜ。ここの見た目、俺の大好きなあの漫画の「精神と時の……」にそっくりだしな)

 竜一がウキウキとした感じで言った。


 相変わらず何を言っているのか分からないが、竜一がこの場所を気に入っていることだけは確かだった。


「じゃあ、何をすればいいんだ?」

「そうだな。じゃあ、これをやってもらおうか」


 死神が指をパチンと鳴らすと、白い球が目の前に現れた。ふわふわと浮かんで、体の周りを漂っている。


「これを、お前の鳴き声で割るんだ」

「鳴き声で割る? どういうことだ?」


「この玉は、お前の鳴き声に乗った霊力に応じて反応する。強い力が乗っていれば割れるという単純な仕組みだ」


「どうすればいいんだ?」

「腹に力を溜めるイメージを持って息を吸うんだ。そして鳴き声に力を乗せるイメージで白い球にぶつけろ」


「アドバイスはそれだけか?」

「ああ」


「ふうん……」

 オレは頷くと、体の周りを漂う白い玉を見た。


「お前の声には霊力が宿っている。言わば、邪霊を倒すための力だ。だが、その力は、まだ、まだ伸びしろがある。つまり、本来のポテンシャルを引き出し、更に強くするための訓練だな。邪霊にもまれに強い力を持つ奴がいるからな。そいつらを倒すためには今の力ではまだ足りないのだ。


 さっきも言ったとおり、ここにいるだけでも霊力が鍛えられるはずだ。しばらくはこの場所にいることに慣れつつ、白い玉を割ることに挑戦してくれ。結構難しいと思うが、諦めずに挑戦することで霊力は強くなる」


「死神はここでオレたちに付き合うのか? どうするんだ?」


「いや。私は、お前たちの練習相手を連れてくるよ。その玉を割った後の訓練のための相手をな」

 死神はそう言うと、くるりと背中を向け、出口に向けて歩き始めた。


「練習相手? おい。ちょっと、待てよ!」

 オレが呼び止めるのに構わず、死神はあっさりと外へ出て行った。

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