第41話 戦いへ
決戦の朝。この日は、雨がぽつぽつと降っていた。
だが、体に触れる雨粒が蒸発していきそうなほど、力が漲っている感覚があった。まるで、体の奥底に目に見えない発電機のようなものがあって、それが尽きない力を生み出しているかのようだった。
家に着くと、ゼファーが雨に濡れそぼって、ぽつんと玄関前に駐めてあった。
今は亡き父親の形見のバイクだ――
迎えに来たぜ。相棒。
俺は心の中でそう呟いた。
浩二の名前で「修理に持って行くので、バイクを少しお借りします」と書いたメモを玄関に置く。これでバイクが無くなっていることで騒ぎは起きないだろう。
平日だから母も妹も家にはおらず、周りに人気は感じられなかった。
ゼファーの黒いタンクを撫でると、事故ったときの傷が指先に当たる。昔の白いカワサキのロゴが貼り付けられた辺りを中心に、事故った時の傷が残っていた。
俺はしゃがんで、隅々までバイクのダメージをチェックした。虎徹の体で見に来た時にも思ったように、走行に支障があるような傷はなさそうだった。
鍵を差し込み、ハンドルロックを解除する。
ハンドルを握って、バイクを押したその時、オイルと整髪料の匂いがしたような気がした。思わず、隣に父親がいるような気がして、振り向く。だが、そこには実家の玄関のドアがあるだけで、当然のように誰も立っていなかった。
「今回だけでいい。親父も、力を貸してくれ」
俺は独り
エンジンをかけると、二、三回ぐずった後に四サイクル四気筒エンジンの軽快な排気音が響いた。
何回か、アクセルを吹かしてみる。
エンジンも快調だった。
俺はヘルメットをかぶると、メンバーと打ち合わせた集合場所へとバイクを走らせた。
*
バイクを走らせている途中、周りが突然真っ暗になった。エンジン音と排気音が、どこにも反響せず溶け込むように消えていく。
と、同時に、後のサスペンションが沈み込んだ。いつの間にか、後ろに誰かが乗っていた。
「ルイさんか?」
「ああ、そうだ」
ルイは左手を俺の肩に置き、膝で上手く座席を挟み込んでいた。
「後ろに乗るの、上手いじゃないか」
「そうか」
「ああ。堂に入ってるよ。ところで、ここはあんたが作った亜空間だな?」
「ああ。悪魔に聞かれたくない話をお前にはしておきたくてな」
死神は俺の耳元でそう言った。
「聞かれたくない話?」
「そうだ。悪魔は特殊な魔法陣を描き、自分の力を増そうとしている」
「魔法陣……か。それを描くことで力が強くなるのか?」
「それ以外にもいろんな手順を踏む必要があるがな」
死神は髪を掻き上げながら答えた。
「でも、魔法陣って漫画とかゲームとかだと、それこそ悪魔や化け物を呼び出すのに使うんじゃなかったっけか?」
記憶にある魔法陣について言うと、ルイが首を振った。
「そういうものもある。しかし、今回は悪魔の力を増加させるための魔法陣だ。おそらくだが、これにはあの悪魔の素性も大きく関わっている」
ルイの声は硬く、深刻さが伝わってきた。
「何だそれは?」
「あの悪魔はビゼムと言ってな、かなり大物の悪魔の息子なのだ。強力な力は持っているが、駆け出しというところらしい」
「それで、こっちで力を付けようと……」
「ああ、そうだ」
「迷惑な話だぜ……」
オレはため息をついた。
「昨日の打ち合わせでは、ブラック・マンバのアジトに行って、奴らに塩をかけまくるって言ってたが、どうするんだ?」
「ああ。事情が変わった。昨日の晩に確かな情報が入ってきてな。予定変更だ。まずは魔法陣に効力を発揮させないようにする必要がある」
「昨日準備したあの大量の塩はどうするんだ?」
「それはもちろん使うさ。塩には魔を打ち払う効果があるからな」
「じゃあ、その魔法陣を無効化するための方法をまずは説明してくれるんだな?」
「そうだ」
「ふうん」
俺はアクセルを吹かした。排気音が闇の中に溶け込むように消えていく。
「その悪魔や魔法陣の情報は、誰かに訊いたのか?」
「ああ、そうだ。昔からの知り合いにな」
「神様の仲間かなんかか?」
「そんなところだ。ついでに魔法陣の無効化の方法もな……」
「そうか……で、その魔法陣とやらは、ブラック・マンバのアジトの中に描かれているのか? それとも、別の場所に?」
「いや、そんな規模ではない。街全体を覆う大きさだ」
「はあ!? マジか?」
俺は思わず訊き返した。
「ああ。古来から、悪魔が作っているものらしい。詳しくは着いてから話すが、皆、真面目に取り合ってくれるか少し心配でな。メンバーの皆がきちんと動くように指示をお願いしたいんだが……」
「深刻そうに言うから何かと思えば、そんなことか。大丈夫だよ」
「なぜ、そう言い切れる?」
ルイが心配そうに訊いた。
「俺たちには信頼関係があるからだ」
「街全体を覆う魔法陣っていうのは、突飛すぎて素直に聞いてもらえないかなと思っていたんだが……」
「まあ、大丈夫だ」
俺がそう言い切ると、
「ふうん」
ルイが不思議そうな声で返事をした。
その途端、周りが元の景色に戻った。
光と空気、そして雑踏の音が戻ってくる。
――雨は上がり、風には、潮の香りが混じっていた。
ルイはそれ以上、何も言わなかった。
俺はルイを後ろに乗せたまま、アクセルをひねった。そして、待ち合わせ場所をめざし、港の方へとバイクを向けた。
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