第36話 スカル・バンディッド(2)

 ――浩二たちの話の内容をまとめると、次のようなことだった。

 俺が事故で倒れた後、ブラック・マンバと小競り合いのような抗争が何度か起こった。俺が入院し動けなくなったことで、ちょっかいを出しやすくなったせいじゃないかとは大の見解だった。


 それに浩二の説明にあった麻薬の問題。メンバーの周りにも被害が出ているとあって、こちら側の怒りは爆発寸前になっていたらしい。そして、昨日――ついに、ブラック・マンバを港の埠頭に呼び出したんだそうだ。奴らは二つ返事で決闘を了承したらしい。


 決戦当日は、バイクを持っていないメンバーはニケツして、総勢四十名で埠頭に向かったんだそうだ。こっちの作戦はバイクの機動力を生かして、鉄パイプや木刀、金属バットなんかで打ち倒して回る。そんな考えだったらしい。とにかく早く緋村兄弟を探し出して、速効でやっちまおうという、作戦とも言えない単純すぎる考えだったのだ。


 そして、約束の時間に埠頭に行ったのだが、誰もいない。それで大声で出てこいと叫んだ途端に、周りから強力なライトで照らされ、石を大量に投げられたんだそうだ。容赦の無いその最初の一撃で、メンバーのかなりの数が怪我をしたらしい。石を投げるっていうのは、喧嘩で使うことはほとんど無いが、実際にやられれば当たり所によって大けがになりかねない。中にはかなりの出血をした者までいたとのことだった。


 その後、大量のブラック・マンバのメンバーが一斉に現れ、散り散りになったメンバーは個別にボコられたそうだ。敵はこっちの二倍はいたそうだが、その中には相当数の一般人も混じっていたらしい。


 スカル・バンディッド側も、喧嘩の強い奴らは簡単にはやられなかったが、相手は殴っても、殴っても、倒れない。あまりのタフさにこちらの心が折れそうになってきたところ、パトカーがやってきた。それで喧嘩は一旦、終わったのだということだった。


 本当はこちらのメンバーが死ぬまでやるつもりだったんだろうと俺は思った。間違いなくブラック・マンバも一緒に襲いかかってきた一般人も、邪霊を通じて悪魔に操られているはずだった。


 俺は、話を聞き終わってメンバーの顔を見た。一人として恐怖に囚われているような表情をしている奴はいなかった。


「確認だが、これからブラック・マンバとどうしたいんだ?」

 俺はメンバーを見回して言った。


「どうって?」

 大が顔を上げて訊き返す。

「このまま逃げて、関わり合わないっていう手もあるぜ……?」

 皆の顔がさっと赤くなる。


「馬鹿野郎っ。そんな訳にいくか! 喧嘩になった理由はさっき言ったとおりだ。このまま、あいつらを放っておく訳にはいかない。何より、負けたままっていうのも我慢できねえ!!」

 大が吠えた。メンバーも皆、一斉に頷く。


「そうか。お前らが変わってなくて安心したよ」

 俺はどこかほっとして、笑いながらそう言った。


「お前なあ、試したな?」

 大が腕を組んでむくれる。


「いや、まあ。そういうつもりじゃなかったが、結果的にそうなっちまったか……。すまん」

 俺は頭をかきながら謝って、


「さっき、奴らが妙にタフだったっていう話があったな。そこをもう一度詳しく話してくれないか」と言葉を続けた。


「ああ、頭がおかしくなったって思わないでほしいんだが……」

 大が話し始めた。


「俺が奴らの金属バットを取って、それで殴ったんだよ。はずみで顔も殴ったんだ。だが、何ごとも無かったかのように立ちあがってくる。それに、噛みついてくる奴もいる。それで大怪我を負っちまったメンバーもいるんだ」


「噛みつかれた!?」

「ああ。奴ら、何かがおかしいんだ。ただ、タフなだけじゃ無い。目の色が違うっていうか、狂ったような感じっていうか……」

 一哉も同調する。


「戦える人間はここにいる四人だけなのか?」

「いや。あと、義男や雄介たちの六人がいる。動けるのは全部で十人……いや、竜一も入れて十一人だ」

 大が言った。


 問題は悪魔が具体的に何を企んでいるかだ。それをうまく邪魔することができれば、自ずと目の前に奴は現れるような気がする……。


 考え込んでいると、風が吹き、小さな旋風つむじかぜが起こり、徐々に大きくなり始めた。入り口は全部閉まっている。全員が身構え、そちらを見た。

 風が止むと、そこにはいつの間にか、真っ黒コートを着たルイが立っていた。


「誰だ、こいつ!?」

 浩二が悲鳴に近い声を上げた。


「ルイ……さん」

 俺は呟いた。


「竜一、知っているのか?」

 大に訊かれ、俺は頷いた。


「何かヒントでも持ってきてくれたのか?」

「ああ。悪魔と邪霊を倒す方法を教えに来た。その上で、作戦を立ててほしい」

 ルイは言った。


「分かった……みんな聞いてくれ。この人、実は俺の目を覚ましてくれた人なんだ。超能力者というか占い師というか、そういうことが得意な人なんだ。狂ってるブラック・マンバの奴らを倒すためには、この人の知恵がいる」

 俺は言葉を選び、慎重に説明した。


「知り合いか?」

「俺の遠い親戚なんだ」


「そういうことか……で、名前はなんて言うんだ?」

 周りにほっとした空気が流れ、健介が訊いた。


「名前は……し、いや、西上にしがみるいさんだ」

「ああ、さっきもそんな名前を言ってたな……だが、ルイって外人みたいな名前だな」

 大が笑って言った。


 俺はとっさに口から出任せを言ったが、誰も疑っている様子は無かった。

「悪魔とか言う言葉が聞こえたが、やっぱり、奴ら普通じゃ無いんだな?」

 大が訊いた。


「ああ、そうだ。薬と特殊な催眠術のせいで変になっているのだ。普通に殴り倒せば終わりって訳にはいかない」

 ルイはそれっぽく理由をつけて言った。確かに、薬のせいってことにした方が皆、信じてくれるだろう。


「じゃあ、西上さんの話を聞いて作戦を考える。気合い入れて聞くんだぞ」

 メンバーに喝を入れるために、そう言うと、


「気合いって、またかよ」

「気合いはいつも入ってるっつーの」


「まあ、でも竜一くんがいれば気合いの入り方も違うか……」

 皆が口々にツッコミを入れ、笑いが広がった。


 そんなつもりじゃなかったんだがな、と思いながら俺は頭を掻いた。みんな、冗談めかして言っているが、表情は真剣だった。


「それじゃ西上さん、具体的に何をすれば、奴らにダメージを与えられるんだ?」

 俺はそう言って立ち上がると、ルイを見た。


「まず、大量の塩がいる。皆、人数分のバケツとそれに一杯の塩を用意してくれ。それに街の中心にある大銀杏の枝だ。それもたくさんいる」

「そんなもの、何に使うんだ?」

 大が訊ねる。


「この塩が秘密兵器なのだ。まあ、彼らを正気に戻すための薬だと思えばいい。まずは、奴らが仕掛けている呪いを邪魔する。さっきも少し言ったが、これは催眠術のようなものだ。奴らのアジトを急襲し、彼らを言ったん倒して塩をかけると……」

 メンバーは、みんな一様に不思議そうな顔をしていたが、ルイの言うことに集中していた。


 虎徹よ。しっかり、やってるぜ。

 俺は腕を組み、その様子を見守りながら、心の中で呟いた。

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