第37話 ブラック・マンバ(1)
街外れにある廃ビルの三階。
元々はライブハウスだったここが、悪名高い
冷たいビニール貼りの床に、コンクリート壁のだだっ広い部屋――。壁には色褪せたミュージシャンのポスターが何枚も貼られたままになっていて、破れたり剥がれかけたりしているものもある。
カビと汗の匂いが部屋全体にこもっているアジトには、五十人ほどの人間が集まっていた。淀んだ目つきの男たちと、服を破られ血を流す女たち――。彼女らは一様に白い肌を露わにし、すすり泣いていた。
*
幹部の黒田は女を組み敷きながら、落ち着き無く辺りをキョロキョロと見回していた。チビでネズミのような見た目の黒田は喧嘩は弱かったが、サディスティックな性格だ。いつもなら嫌がる女を犯すことで快感に浸るのだが、この日は違った。
ここ最近、おかしくなってきた幹部たちの様子が今日は更におかしくなっているのだ。誰もが何をしでかすか分からないほどに、目がイッてることに黒田はビビっていた。特にリーダー格の緋村兄弟はおかしい。ここで、変なことで絡まれることだけは避けなくてはいけなかった。
「おい、酒も薬も足りないぞ。誰か持ってこい!」
緋村兄弟の弟、冬次が長髪をかき上げながら言った。その目は淀み、焦点を結んでいない。
「馬鹿。ほどほどにしておけ。奴らの生き残りをぶっ殺さなくちゃいけねえんだぞ」
兄貴の恭一が、不機嫌な顔で言った。その目はギラギラと光り、油断なく周りを見回している。
黒田は二人に気づかれないよう、こそこそと二人から視線を外し女に眼を戻した。女の辛そうな顔が、黒田を現実に引き戻してくれる。だが、いつの間にか黒田の股間のモノは縮み上がり、それ以上行為を続けられなくなっていた。
常軌を逸したこの閉鎖された部屋の中で、いつまでもこんなことを続けられる方がどうかしているのだ。
黒田は自分だけがまともで、他のメンバーはおかしくなっているように感じていた。今の幹部という立場はもったいないが、こっそりと抜けた方がいいかもしれないとさえ考えていた。
上の空でそんなことを考えていると、
「おい、お前。楽しんでないじゃないか?」
弟の冬次が突然、声をかけてきた。
「あ、いえ。そんなことはないです」
黒田は慌てて言い繕い、チャックを閉めながら立ち上がった。
「そうか? 目が楽しんでないんだよな……そんな奴はブラック・マンバ失格だぜ」
冬次が笑いながら、唐突に黒田の鼻に頭突きをかました。一瞬で鼻が潰れ血が噴き出す。
黒田は痛さのあまり、鼻を押さえ床を転げ回った。
「おー。いて……」
冬次は頭をさすって首をかしげた。
「頼むよお前。なんでこんな何にもないところで転けてんだよ? どこにもつまずくとこなんてないぞ……ぎゃはははははは」
冬次が笑い、まわりの幹部たちも狂ったような笑い声を上げた。
こんなの、ついていけるか!
黒田は床を這った。こんな狂った奴らにいつまでも付き合う必要は無い。こっそりと逃げるつもりでそろそろと這っていったのだが、途中で背中を強く踏みつけられて呻いた。
「おい、待てよ。やっぱ、お前、足りないよ……絶対だ。間違いない」
冬次が黒田を踏みつけたまま、顔を覗き込んで首をかしげた。
「ひぃっ……」
喉の奥で小さく悲鳴が鳴った。
冬次の狂ったような視線から、自分の目を引きはがすように顔を背けた。
すぐに、また背中に突き刺さるような衝撃が来た。冬次が全力で踏みつけたのだった。
何回も、何回も全体重をかけて踏みつけられた。背中だけじゃない。首や頭もだ。必死に這って逃げようとしたが、無駄だった。
そのうち、痛みもなくなり、肉や骨を打つ湿った音だけが響いた。
やがて目の前が暗くなった。そして、黒田の意識は途切れた。
冬次は動かなくなった黒田に興味を失ったのか、頭を揺らしながら兄貴の恭一の元へと帰っていった。
――その時、一瞬だが、部屋の照明が
断続的に黒田の体が痙攣を起こす。
しばらくして、動かなくなったはずの黒田はもぞもぞと動き出した。
小さく開いた黒田の口からは小さな蝙蝠の真っ赤な目が覗いていた――
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