第34話 復活

「いいぞ、目を開けろ」

 ルイの言葉が聞こえる。


 俺は天井の照明の眩しさに目を細めながら、ゆっくりと瞼を開いた。

 首をゆっくりと回し、病室の様子を見回す。そこにあったのは虎徹の目から見たのと同じ病室の風景だった。


「竜一。どうだ、気分は?」

「ああ。大丈夫だ」

 ベッドに仰向けに寝たまま、俺は答えた。目から涙が出ている。


「本当に大丈夫なのか?」

「くそ。泣いている場合じゃないのに、涙が止まらない……」


 俺はやっとそれだけを言うと、胸に置かれた虎徹の体に手をやった。

 まだ体は柔らかく温かさが残っている。


 俺はベッドに手をついて起き上がると、その体を撫でた。

 おい。虎徹。泣いてる場合じゃないぞって言いながら、起きてくれ。


 心の中で呼びかけたが、虎徹は目を瞑ったまま動かない。

 目から溢れる涙がぽたぽたと音を立て虎徹の体を打った。


 馬鹿野郎……。

 俺は涙を手の甲で拭いながら、虎徹の体をさらに撫でた。

 ルイが黙って、俺の肩に手を置いた。


 俺は鼻水をすすり上げ、

「スカル・バンディッドのところに行く。仲間と一緒に悪魔の企みを邪魔してやるんだ。そして、この街を守る……」

 そう言った。


「ああ。それが虎徹の望みでもあったな」

 ルイはそう言って頷いた。


 俺は虎徹の体をそっと枕の横に置くと、腕に刺さっている点滴の針を引き抜いた。ベッドから降りて床に立ったが、足下がふらふらとして定まらない。


「ほら、そんな簡単にはいかないぞ」

 ルイはそう言い、看護師呼び出しのボタンを押した。


 やってきた看護師は、突然起き出した俺に驚き、俺の目が真っ赤になっているのを怪訝な顔で見ながら、バタバタと再び寝かせた。


 傍らにいるルイは、やはり看護師には見えていないのだろう。看護婦は全く興味を示さなかった。


 しばらくすると、医者がやってきて聴診器を当てたり、血圧を測ったりし始めた。

 そして、病人用の味のないおかゆを食べさせられた。おかゆは味はしなかったが、乾ききった体にしみこんでいくように力を与えてくれた。


 一杯しかなかったおかゆはあっという間になくなった。

 おかゆを食べ終わると、ペットボトルの経口補水液を渡され、ゆっくり飲むように指示を受ける。


 時間をかけてゆっくりと飲み終わると、点滴を腕に刺され、また寝かせられた。

 医者と看護師がいる間はおとなしく言うことを聞いて横になっていたが、いなくなってから五分も経つと、俺はベッドの上に起き上がった。


 ルイの顔を見上げると、再び点滴の針を引き抜く。

 ベッドに座り、足を床の方に垂らして背筋を伸ばす。大きく深呼吸をしてからゆっくりと足を床に下ろした。


「もう、大丈夫なのか?」

「ああ。とりあえず、飯も食ったし大丈夫だろ。このまま、落ち込んでいても虎徹の気持ちには応えられないしな」

 俺はそう言いながら、慎重に屈伸をした。体がバキバキと音を立てる。


「なまりきってるな」

 俺はそう言うと、傍らに置かれていた鞄の中にあるジーンズとTシャツに着替えた。


 大きく伸びをして、腕と足をもう一度伸ばす。左右の手のひらを何回も閉じたり、開いたりして、筋力を確かめるが、何とか問題なさそうだった。


「ルイさん。お願いがあるんだが」

「何だ」


「さっきの医者や看護師に見つかると面倒だ。あんた人間には見えてないみたいだし、後ろに隠れて出て行かせてくれ」


「ああ、そんなことか。それは構わんが、これをお前に託していいか?」

 ルイはそう言うと、コートの内側に隠していた虎徹の体を取り出して、木の枝で編まれた首輪を外した。そして、俺の右手首に結わえ付ける。


「こいつは、虎徹の力を引き出していた首輪じゃないか?」

 霊樹である大銀杏の枝で編まれ、虎徹の住処の祠の石が付けられた首輪だ。俺は左手で右手に結わえられた首輪を撫でた。


「ああ、そうだ。悪魔や邪霊から守ってくれる。そして、お前の魂の力も引き出してくれるだろう。虎徹もお前が持っていてくれた方がいいはずだ」


「そうか……」

 俺は手首に結わえられた木の枝で編まれた首輪を見た。中心の丸い石はほんのりと暖かく、虎徹の力が籠もっているように感じられる。


 虎徹よ。お前の気持ちも一緒に連れて行く。必ず悪魔の企みは潰すぞ。

 俺は丸い石を見つめながら、心の中で言った。


「そろそろ行くか?」

「ああ」

 俺は頷きながら、ルイの顔を見た。


 なぜだか、ルイは複雑な表情をしていた。

「お前にも、虎徹にも、私は返しきれない恩がある……」

「どうしたんだ突然?」


「礼を言わなくてはいけないとずっと思っていたんだ。本来、邪霊や悪魔を排除して、この地域の霊的なバランスを正すことは、私の重要な使命だ。本当にありがとう」

 ルイはそう言って、頭を下げた。


「何だかさ……」

「何だ?」


「いつも冷静なルイさんが、そうやって頭を下げるのは新鮮な感じがするよ。でも、その気持ちはうれしいかな。虎徹も喜んでるだろ……」

 俺は頭を掻きながら言うと、右拳を掲げた。


「私たちは悪魔を倒すための仲間ということだな」

 ルイが右拳を打ち合わせて言う。

「もちろんだ。そして虎徹も一緒だ」

 俺は右拳で自分の胸を叩いた。


「よし。それじゃ。下まで一緒に行こう。虎徹の体は私が預かる」

 ルイは口角を上げながらそう言うと、虎徹の体を再びコートの中に入れた。


 俺は打ち合わせ通り、ルイの影に隠れて病室を出た。

 外に出ると、ルイが俺を振り返った。


「少し、調べ物と準備がある。しばらくは別行動を取ろう。いいか?」

「ああ」

 俺が頷くと、すぐに旋風が巻き起こり、ルイを包んだ。

 巻き上げられた埃や落ち葉が下に落ちると、ルイは既に消えていた。


「さて、じゃあ行くか」

 俺は右手首を左手で握り込んだ。そこには虎徹が付けていた首輪が結わえてある。

 首輪につけてある石の玉を撫でながら、オレは足を踏み出した。

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