第46話 幸
「お前ら、学校はどうしたんだ?」
俺が間の抜けた質問をすると、
「ばかっ! ばか兄貴っ!!」
と、叫んで幸が飛びついてきた。
その瞬間、体が“びびびっ!!”と震えた。
なぜ、そんなふうになったのか分からなかったが、俺は反射的に幸の頭を撫でた。
泣き声を堪え、俺の首に抱きついている幸の頭を撫で続けていると、
「今日、さっちゃんの学校は創立記念日で休みなの。竜くんのお見舞いに持っていくものを買いに来たのよ」
由里子がそう言って、俺の袖を引っ張った。目には涙が溢れている。
「何でなの? 体は大丈夫なの? 病院にはいなくていいの?」
由里子は俺に質問を浴びせながら、涙が止まらなくなり、しまいには泣きじゃくった。握っていた袖にしがみついてくる。
俺は幸を右腕で抱えたまま、由里子を左腕で抱きしめた。その体はとめどなく震えていた。
「すまない。今、詳しく説明している暇はないんだ。だが、ここは本当にヤバイことになる。俺たちはそれを止めに来たんだ」
「それって、危ないことでしょ?」
由里子は俺の胸を手で押して顔を離すと、俺の目を見ながら言った。
「ああ。だが、やらなきゃいけない。俺たちじゃないと止められないんだ」
「ひょっとして、化け物みたいな男に関係する?」
「え。なんでだ……?」
「実は昨日の夜。変な化け物みたいな男に襲われたの。ビゼムが何とかって言っていたわ」
「マジか……それで無事だったのか? そいつをどうした?」
「うん。そいつにいたずらされそうになって……なんか、よく分かんないんだけど、やっつけちゃった」
「え。ホントか?」
「うん」
俺が驚いて訊くと、由里子は恥ずかしそうに頷いた。
「さすがだな」
俺はほっと息を吐いて、由里子の頭を撫でた。
「だが、今日の敵はそんなものじゃ済まないんだ」
「私を襲った奴の仲間が、竜くんたちの敵なの?」
由里子が、涙を拭きながら訊いた。
「ああ。そうだ。この街を、俺たちの仲間を……この街を壊す敵だ。俺たちがやらないとみんな大変なことになる」
俺は由里子の目を見て頷いた。
「さっちゃん。竜くんを行かせてあげて……」
由里子が静かに言って、俺に抱きついたままの幸の肩に手を置いた。覚悟を決めたような表情だった。
「だって……」
「今は信じよう。お兄ちゃんのこと。ね」
幸は何も言わず、首を振って嫌々しながら俺を見て、由里子を見た。
「お兄ちゃんはこの街を守るために戦うって言ってるの。自分のメンツとかそんなことのためじゃないのよ」
由里子がそう言うと、幸は何かに気づいたような顔になり、下を向いた。
苦労して幸を引き剥がすと、由里子と母さんに頭を下げる。詳しいことを説明できないことが辛く堪らないかったが、今は仕方が無い。
「由里子、幸、母さん。今はできるだけ早く、ここから逃げてくれ!!」
「分かった。でも、無茶はしはないで……」
由里子はそう言うと、母さんと二人で幸を抱えてフードコートの外へと逃げていった。
その後ろ姿を眺めていた俺は、半ば無理矢理、フードコートの方へと目を戻した。
(おい竜一……)
「ん?」
頭の中で突然、虎徹が語りかけてきた。
「マジかっ! お前、死んだはずじゃないのか!? 俺の中にいたのか?」
俺は驚いて、訊ねた。
(どうも、そうらしい……今ので目が覚めた)
「今のって?」
(お前の妹が抱きついてきただろ。オレさ。大変なことに気がついたんだ……)
「何だ?」
(いや、お前さ、オレが子猫の時のこと覚えてない?)
「は?」
(俺に優しくしてくれた飼い主のさっちゃん……て、お前の妹だぞ)
「あーっ!!」
思わず驚きの声を上げる。
「そうか、幸が拾ってきたあの猫か。確かにその左右色の違う目とか、顔の白い斑は見覚えがあるぜ。なんで、今の今まで、頭の中で結びつかなかったんだろうな……」
(さっちゃんと違って、お前はあんまりオレに構わなかったからじゃないか?)
「そうか……。だけど、お前、途中でいなくなったじゃないか。幸もずいぶん探したんだぞ」
(いや、前にも言っただろ。トラックの荷台に乗り込んじゃって、道に迷って戻れなくなっただけでさ。オレもあの時は子どもだったんだ)
「で、そのうち野良として自立しちまったってことか?」
(まあ、そういうことさ……)
「ふふっ」
俺は微笑んだ。
(どうした?)
「いや。お前が俺の心の中でいた。あの世に行ったわけじゃなかった。それが半端(はんぱ)なく心強いのさ。俺たちはコンビだろ?」
(だな)
虎徹が笑った。
「竜一っ! 何をぼうっとしてるんだ。早く続けるぞ!!」
大に突然、背中を小突かれ我に返る。
「す、すまん」
俺は虎徹とのやりとりを無理矢理打ち切ると、
「ここには爆弾が仕掛けられてる!! みんな、逃げろっ!!!!」
と、大声で叫んだ。
そして、また邪霊憑きを指さしながら走り始めた。
ルイと頃合いを見て叫ぶように打ち合わせておいたのだ。向こうで、ルイも俺たちと同じように叫んでいる。
徐々に皆の逃げる足音が響きはじめ、悲鳴のような声も混じる。フード・コート全体が騒然とし始めたとき、警察官が二人、走り込んできた。
それが、引き金となって、一般人がいっせいにフード・コートから逃げ始めた。
俺は、たくさんの人が逃げ出す様子に、安堵していた。これで奴らを塩で倒していけば、終わるかもしれない。
そう思った次の瞬間、唐突に
パン、パンッ
と、乾いた音が鳴った。
俺の後ろでくぐもった声がして誰かが倒れた。
何が起こったのか、後ろを確認するのが怖かったが、俺は無理矢理振り返った。
大が右肩から血を流して倒れているのが見えた。
「大っ!?」
「こっちはいいから、任せろ」
一哉が駆け寄り、傷口を押さえる。
「心配するな」
大が力のこもった目で俺を見た。
俺は再び前を向いた。
すると、目つきのおかしい男が拳銃を手に、俺を睨みつけていた。
「お前、緋村兄弟の弟だろ!?」
俺は見覚えのある男に向かって叫んだ。
男は質問を無視し、無言で右手に持った拳銃を俺に向けた。
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