第16話 訓練(3)
(虎徹の体を動かすのか……。俺はいいが、虎徹はいいのか?)
竜一が少し遠慮したように言った。
「ここから出るまでの間なら、全然いいぞ」
(そうか。じゃあ頑張ってみるかな)
体を動かすことを俺が了承すると、竜一は浮き浮きとしたような感じで返事をした。
そして、そうっとオレの前足を上げた。
(どうだ?)
「どうだって、何て言えばいいんだよ」
(いや、俺に体を操られるの嫌なんじゃないかなって思ってさ……)
「まあ、分かってれば、そんな嫌でもないさ。とりあえず、この穴の中を抜けるまでだ。頑張って動かしてみてくれ」
(よし。それなら遠慮なく動かすぞ)
竜一は前足を下ろすと、そのまま死神と一緒に入っていった。
しばらく真っ暗な洞穴の中を進む。
竜一の楽しそうな感じが伝わってくる。久しぶりに体を動かすのを楽しんでるのだろう。
すると、死神が立ち止まって、
「下を見てみろ」と言った。
その途端、凍り付いたかのように体の動きが止まった。いつの間にか足下が一本の糸になっていたのだった。
竜一が体を震わせ、糸が激しく揺れる。
「落ちたら死ぬぞ。比喩ではない」
(は!? な、なんで、こんな?)
竜一が激しく動揺しているのが伝わってくる。
「これも、訓練の一環だ。集中しろ。ただし、リラックスをしてな」
(リ、リラックスなんかできるか!? こ、これも、その修験者とかが訓練した方法なのか?)
「ああ、そうだ。これから先の戦いでは竜一にも出番があるかもしれんからな。この糸の上を落ちずに渡りきれば、外で同様の訓練をしたことの百倍の集中力が身に着く」
(集中力?)
「お前の力をより効率的に出せるように、だ。集中力が高まれば、さらに強い力が出せる」
(そ、そうか……。じゃ、じゃあ頑張らないとな)
竜一の声が震える。
高いところは苦手だったはずだが大丈夫か? と思っていると、
目の前で死神がぴょんと跳んで、糸を揺らした。
(う、うわ!)
竜一が情けない声を出して、糸にしがみついた。
(くそっ)と呟きながら、ゆっくりと糸の上に立ち上がる。
死神は何事も無かったかのように、無言で前を進んでいった。
竜一はゆっくりとだが、進んだ。
(気合いと集中、気合いと集中……)
竜一が呟く。
全く、脳筋だな。そうオレは思ったが、途中から動きがスムーズになっていった。最初のぎこちない動きが嘘のようだ。
穴の中は意外に距離があり、かなりの時間がかかった。また、途中、死神が何度か糸を揺らしたが、竜一はもう悲鳴を上げることはなかった。
「竜一。お前、やるな」
オレは感心して言ったが、竜一は答えずに黙々と足を進める。
出口にたどり着くと、
(ふう。こんな怖い目に遭ったのは久しぶりだ)と言って、竜一は笑った。
「分かってたつもりだったが、お前、凄い負けず嫌いなんだな」
(まあな。死神は糸を揺らすし、正直泣きそうになったが、要は喧嘩と一緒だなと思うことにしたのさ。それが一番集中できる)
「喧嘩と一緒って、お前やっぱ普通と違うぞ」
オレは笑った。死神は向こうを向いて、知らんぷりをしている。
(だけど無事に終われてよかったぜ。もしも、落ちたらお前も死んじまうってことだもんな……)
竜一がそう言うと、死神がこっちを向いて無言で頷いた。
確かに、人ごとじゃ無かったな。オレは冷や汗を流して死神を睨みつけた。落ちたらオレも死んでただろうということに今更ながら気づいたのだ。
すると、
(こっからは、またお前のターンだぜ)と竜一が言って、体の主導権が返ってきた。
「さて。じゃあ行くぞ」
淡々とそう言って、死神は足を踏み出した。
洞穴から出ると、山の岩肌に刻まれた道へと出た。道は岩肌に沿ってずっと続いている。
しばらく道を進んでいくと、広場のような場所に着いた。
広場の真ん中に、岩の壁と岩の細い柱が幾本も立ち上がり、小さな箱のように見えるものが形作られている。
「なんだこれ?」
オレは呟いた。
入り口らしき場所が見当たらず、どうするのかと思っていると、死神は壁の一部に手のひらを当てた。
すると、突然そこが人が通れるくらいの大きさに四角く開いた。
「行くぞ」
死神が言って手招きをした。
後について入った途端、入り口が閉じる。
そこには小さな部屋があった。外は岩で作られていたのに、小さなアパートの一室のように見える。
部屋の中には黒い瘴気が漂っていた。それは肌にまとわりつくほどの密度だった。
「すごいなこれ」
(ああ)
目の前に、首にロープがかかっている青年が立っていた。上下、グレーのスウエットを着た青年はかっと目を見開き、何か言いたげに見える。
「これが練習相手か!?」
「そうだ」
「こいつ、死んでるんだよな? なのに……動いているぞ」
青年が首を回す。すると、目玉の片方がぐり、ぐりっと動き、ボロりとこぼれ落ちた。
「ひっ」
思わず声を漏らすと、目玉のこぼれ落ちた真っ黒な眼窩から、巨大なゴキブリが幾匹も出てくる。
「彼は邪霊に取り憑かれた状態で亡くなったが、発見されるまで時間があった。霊体が実体と一緒にいた時間が長かったため、この状態になじんでしまったのだ」
死んでから肛門が緩んだのか、足下には糞尿が溜まっていて死臭を漂わせていた。当然のように背中には真っ黒な邪霊が憑いている。
「幽霊なんだな?」
「そうだ。だが、邪霊と一体化している」
(これが実体じゃないだって? まるで、ゾンビじゃないか……)
竜一が呟き、オレは唸った。
「ぐルルルッ、グあおウッ!!」
その途端、邪霊憑きの幽霊が叫び声を上げた。
同時に背中に真っ黒な邪霊が現れ、燃えるように赤い目でこちらを睨むと、
カチン! と、歯を打ち鳴らした。
一気に瘴気が吹き上がり、オレたちに襲いかかってくる。
オレは、その真っ黒な
「こいつを倒すってどうやるんだ?」と、叫んだ。
「一体化している邪霊を引き剥がし、消滅させるんだ!」
死神が叫ぶ。
すると、邪霊憑きの幽霊が、今までのノロノロとした動きが嘘のように素早く跳びかかってきた。
口を大きく開き、オレの頭に噛みついてくる。
「うおっ!!」
ギリギリで跳び退り、オレは距離を取った。
「一つ、忘れてたよ。これをやろう」
死神はそう言ってしゃがむと、オレの首に首輪のようなものを付けた。
「何だ、これ?」
「大銀杏の枝で編んだ首輪だ。ねぐらにしている祠の石の欠片が付けてある」
「お守りみたいなものか?」
「まあ、そんなようなものだ。あの大銀杏はこの街の中心にある霊樹で、一帯の土地の力が集中している。お前の中にある力を引き出すための装置だと思ってくれ」
「オレの力?」
「ああ。さっきの白い球を割った訓練を思い出せ」
死神は静かに言って、オレの目を見た。
「これから、この男がなぜ邪霊に取り憑かれたのか、その記憶を送る。まずはそれを見てくれ。時間がかかるように思うかもしれないが、実際の時間は一瞬だから安心してくれ。後は感じたようにやれば大丈夫だ」
「何を言ってるんだ!?」
「すぐに分かる!」
死神が叫んだ。
その途端――
ゴウッ
と、恐ろしい耳鳴りがして、目の前の景色が変わった。
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