第17話 男の記憶
普通のサラリーマンだった俺は、平凡で平和な生活を送っていた。
女にもてたこともないし金持ちでもない。中の上くらいの高校を出て、中の上くらいの大学を卒業した。友達もそれなりにいて、代わり映えのしない日常だった――
「お前さ。情報商材って知ってるか?」
「何だよ、それ? うさんくさいやつなんじゃないのか?」
久しぶりに会った友人、小嶋と仕事帰りに一杯やっていると、そいつが切り出した。
「まあ、やっても、やらなくてもいいけど、今を変えたいなら、見てみるといいよ。僕自身もうまくいってるから」
小嶋曰く、仕事をしながら取り組める金持ちになるための情報だということだった。最初に必要なのは五千円だけで、儲からなければ、やめればいいという言葉につられ、その日ホームページにアクセスし、登録までした。
小嶋への義理立てみたいなところもあったように思う。ホームページには株式投資やFXなんかの基本的な情報と、ブログや動画投稿の広告料収入の情報が載っていた。
対して期待も敷いていなかった俺の元に、後日郵便が届いた。セミナーの案内状だった。本登録したことで、特別な情報を知ることができるセミナーへの無料参加権を得たというのだ。
「マジか、どうしようかな……」
俺は迷いながら、小嶋にメッセージアプリで相談をすると、自分も行くから一緒に行かないかという返事が返ってきた。あいつも出席するなら、変なことにはならないだろうと思った。そして、俺はセミナーに申し込みをしたのだった。
会場では、金持ちになるための方法や秘訣の講義、セミナーの卒業者で金持ちになった奴の体験談なんかをやっていた。セミナーが終わった後、別会場で立食のパーティに参加した。
シャンパンを乾杯し、ビュッフェ形式で出されたオードブルにかぶりついていると、小嶋がこっち、こっちと手招きをした。
「
小嶋は得意満面な顔で、俺をセミナーの主催者へ紹介した。
世島という主催者の男はまだ若かったが、茶髪で高級そうなスーツを着ていた。
「世島さんはこの会社の社長さんなんですか?」
「いえ。社長は私の恩人です。おかげさまで社畜生活から脱却しましたからね。私は今回のセミナーの責任者です……あなたはどんな会社にお勤めなんですか?」
「大山商事です。私の仕事は事務が中心ですが、いわゆる総合職ですね」
「そうですか。中堅の会社ですが、毎日、遅くまで残業しても、いただける給料は少しだけでしょう? あなたは、それでいいんですか?」
世島は俺の肩を叩きながら言った。
話は盛り上がり、小嶋のちょっとした成功談を聞き、世島が目が飛び出るくらいの金持ちになった話を聞かされた。
世島の笑顔と話に引き込まれる。たまにチラリと見えるロレックスの腕時計が俺の欲望を煽った。俺は気がつくと、三万円の追加情報料を支払い教材を購入していた。
それから、家に帰り、セミナーの資料に書かれている内容をすぐに実行した。株式投資、アフィリエイト広告。実際に成功してお金が入ってくることもあったし、期待するほど入ってこなかった場合もあったが、俺はやる気で一杯だった。
その時の俺は冷静では無かった。何かに取り憑かれたかのように、欲望が煽られ、金を儲けることで頭が一杯だったのだ。
一か月経ち、小嶋に相談すると、さらに商材を購入することを勧められた。追加で次々に情報を買い、FX、仮想通貨の売買、動画投稿など投資内容も増えていく。
儲かったものもあったが、損したものもある中で、四ヶ月後、いつのまにか投資額は二百万円を超えていた。貯金や借金で賄ったお金はほとんど取り返せていない。
小嶋に相談しようかとも思ったが、さすがに気が進まず、俺はVIP向けの相談会に参加することにした。世島に直接相談ができる機会だったからだ。
世島は真剣な顔で俺の相談を聞いてくれた。そして、
「時には、一歩立ち止まることも大切なのですが……そんなにおっしゃるなら、当社が直接紹介できるハイリターンの金融商品をお教えしましょうか」
そう切り出すと、パンフレットを取り出した。
「これは、いつもの情報ではありません。あれらも特別な情報ではあるのですが、今回は、特別中の特別な情報になります。
今、東南アジアの経済が急成長中だというのを聞いたことがありますよね。その東南アジアの不動産を組み込んだ金融商品になります。リターンは変動制ですが、最大で月に投資金額の二倍。そして、最低でも月に十%の収入は保証されています」
「最低でも月に十%? それは投資金額の……ってことですか?」
「はい。そうです」
「凄すぎる。さらにその上もありってことか……どうして俺なんかにこんな情報を?」
「あなたが特別なお客様だからです。全てはあなたに対する信頼ですよ」
世島が真剣な顔で俺を見た。その表情は熱意に溢れ、目には力がこもっていた。
俺は世島を信用して投資をすることにした。
投資金額は最初に百五十万円。三ヶ月後に追加で百五十万円行った。最初の百五十万円は消費者金融で工面した。俺の信用だとギリギリの金額だった。実際に三ヶ月は毎月、投資金額の十%に当たる十五万円のリターンが入ってきたため、俺は安心して追加の残金を、他の消費者金融で借りたのだった。
だが、追加の百五十万円を入れた後、パッタリと金利分の入金が止まった。
俺は友人の小嶋に連絡をし、情報商材会社に連絡をした。しかし、さっぱり返信は無かった。
何回も、何回も、会社に電話をし、やっと世島が電話口に出た。
「話が全然違うじゃないですか!?」
自分の声が今にも泣きそうで、まるで他人の声のように聞こえる。
「そう言われても。実際に私は、教えた方法でお金持ちになっているわけだし……」
「しかし、あの東南アジアの金融商品も保証通りに儲けの金利が入ってきませんよ?」
「あれは紹介しただけですから。投資するって決めたのはあなたですしね。もし、文句がおありならパンフレットに記載の発売元にご連絡ください」
世島は取り付くしまがなかった。さらに苦労して会社の代表者に連絡を取り、苦情を伝えたが、結果は同じだった。
一攫千金、一発逆転を夢見て始めたはずが、とんでもないことになっていた。誰も知り得ない金持ちになるための方法なんて、結局どこにもなかったのだった。
俺はリターンを得ようと最後まで足掻いた。闇金融にも手を出し、FXで一発逆転を狙ったが、全ての行動が裏目、裏目に出た。そして、結果的には本当に首が回らなくなり、会社にまで闇金融の取り立てはやってきた。
「あのさ。ああいうの、会社にまで電話をかけてこられると困るんだよね。そのうち、会社にまで来かねないよ。とにかく、そうならないようにしてね」
会社の上司にそう言われ、俺はどうしていいか分からなくなった。
小嶋には相変わらず連絡が取れなかったし、他にこんなことを相談できる友人はいなかった。もちろん、親に相談することもできない。
こんなはずじゃなかった。
俺は自分の平凡だが幸せだった日々を思い出し、アパートの部屋で一人、涙を流した。
――もう、これ以上、どうしようもない……。
顔を前に向ける。ふと、鏡が目に入った。
背後に真っ黒な影が背後に貼り付いている。そいつが、口を開いた。
「夢は果たせなかったな」
「夢?」
「金持ちになるという夢だ……」
「ああ。そうだな……」
俺は幻に向かってそう返した。
「生きていても、仕方が無いんじゃ無いか?」
真っ黒な影が囁く。
「そうか……お前。俺自身か」
俺は敗北感に包まれて呟いた。確かにもう生きていても仕方が無い。
「助かる道は無い。だが、死ねば解放されるぞ……」
黒い影が、甘く囁いた。
俺はその声に導かれ、自ら命を絶った。
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