第44話 呪詛返し

 関東山地を源流とする藤巻川は、碧海浜市の東部一帯を潤しながら海へと注ぐ大河川だ。


 この河川が、ブラック・マンバが呪いを施している病院、郵便局、映画館、運動公園、寺、学校、児童公園、駅、市役所が描く円の東側をかすめるように延びている。


 メンバーは途中まで川沿いの県道を北上し、それぞれの目的地に向かって分かれていった。行ってみると、事前にルイが伝えていたとおり、施設に設置されているオブジェや銅像に記号や文字が黒いスプレーで描かれていたらしい。


 三十分もしないうちに、全てのメンバーからメッセージが届いた。記号や文字を白く塗りつぶし、盛り塩をした写真が添えられている。


 書かれているメッセージには、ブラック・マンバのメンバーが襲いかかってきたが、返り討ちにしたという内容が書かれていた。襲ってきた奴らには持っていった銀杏入りの塩を遠慮無く食らわせたようだった。


 だが、大と一哉だけは、変な奴に襲われたという追加のメッセージが追加であった。そいつらは犬のように変化したり、恐竜のように変化したらしい。そして、倒した後、口から蝙蝠が出てきたが、そいつも含めて問題なく倒したとのことだった。


 ルイにそのことを伝えると、

「それは邪霊ではなく、悪魔の使い魔に乗っ取られた奴だな。手強い人間がいるところに送られたのだろうが、それをものともしないのはさすがだな」と、答えた。


「ああ。二人とも俺の次くらいには強いからな」

 と、返すと、ふふんとルイが笑った。


「それで作業は全部終わったのか?」

「ああ」

「素晴らしい。それでは始めるとしよう――」

 ルイはそう言って左手の人差し指と中指を立て、それを右手で握りこんだ。右手の人差し指と中指が天を指すように伸ばされている。


「オン キャスバラ カムイ ズム ダイカン アム……主よ。悪魔の企みを、その強固なる結界を、砂の城の如く壊したまえ……」

 呪文が空へ溶け込むように、朗々と唱えられた。


 港の公園のオブジェの足下。

 そこに作った大きな盛り塩にさしてある銀杏の枝へ、ルイの人差し指から一条の光が伸びた。


 そして、それが銀杏の枝に伸びたかと思うと、空へと散っていった。

 空を覆う黒いドームが光に包まれ、一瞬で消えていく。


「すげえな……」

「信じていなかったのか?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

 笑顔のルイに、俺は言った。


 だが、次の瞬間、

「まさか、そんな……」と、ルイが呟いた。


「どうした?」

 俺が訊ねるのとほぼ同時に、携帯が鳴った。


「おい、奴ら。血を流してる裸の女を俺の前に捨てて行きやがった! 全部倒したと思った途端に突然、車で乗り付けて……。こんなことに、何の意味があるっていうんだ!」


 大からの電話だった。パニックになりかけながらも、すぐに救急を呼ぶと言っている。俺はルイの顔を見た。


「やられた。呪詛じゅそ返しに生け贄を使うなんて……」

 ルイが呆然と呟く。


 すると、キュ、キュ、キュウッ!!とタイヤのスキール音が鳴った。

 目の前でシャコタンのセダンが急ターンしながら止まる。


 乱暴に開かれた後ろのドアから血まみれの半裸の女性が落とされた。

 同時に目の前に、黒く丸いなものがカン、カン、カンという金属がぶつかるような音を立てて転がってきた。


 こんなものまで使うのかっ!

 俺は反射的にそれを拾って空に投げ上げると、ルイの背中を掴んで地面に伏せた。


 ドゴンッ!

 轟音が耳をつんざき、灰色の煙が空に広がった。


 キーンという耳鳴りがして、耳が遠くなったような感じがする。

 至近距離で手榴弾が爆発したのだった


 呆然としている俺の目の前で、白い盛り塩の山が崩れ、銀杏の枝が傾いた。

 血まみれの女を中心に、どす黒い瘴気がまとわりついていて、それが盛り塩を引き崩しているようだった。


 そして、女から流れた血がひとりでに動いて、白く塗ったスプレー塗料の上から、記号のような魔法文字が描かれた。


 同時に、公園のオブジェから真っ黒な柱のようなものが空に延びた。直径が一メートルはあるそれは、紫色の細かい電気の糸を絡みつかせて延びていった。


「何だ、これ?」

 俺が呟いた瞬間、暗闇が街全体を包んだ。


 空には、先ほどよりも黒さの増したドーム状のものが一杯に広がっている。よく見ると、真っ黒な柱は空を覆うドーム状の天蓋てんがいへと繋がっているようだった。


「おい!」

 シャコタンの自動車を追いかける。

 すると、ドアが

 バン! と、閉まり、


「ひゃははははっ!!」

 という下品な笑い声を残して、急スピードで走り去っていった。


「大丈夫か!?」

 女性を抱え、119番に電話をする。

「何て言うことだ……」

 ルイは空を見つめたまま、呆然と呟いた。


 遠くから救急車のサイレンが聞こえてきたかと思うと、違う方向からパトカーのサイレンも鳴り響いた。


「くそ。皆は大丈夫か!?」

 俺はメンバーにメッセージを送った。敵は、不良少年のレベルを遥かに超えた攻撃を仕掛けてくる。みんなが同様の攻撃を受けていないかの確認だった。


「おい。どうしたらいい? あんたが頼りなんだ。しっかりしてくれ!!」

メッセージが返ってくるまで時間がある。俺は呆然としているルイの肩をつかんで揺らした。


「奴の……残虐性は、分かっていたのに、なぜ、そこに……、思いが至らなかったのか……」

 ルイは倒れている女性を見て、途切れ途切れに言った。


 女性には俺が上着をかぶせて芝生の方に寝かせているが、呼吸が浅く危険な状態に思える。


「くそっ。おい! しっかりしろ。奴らが、女の子たちを生け贄にして、俺たちが破ったまじないをさらに破ったってことなんだろっ? これ以上、何かをするかもしれないってことなのか?」

 俺はルイの両肩をつかむと、目を見つめて強く言った。

 泳いでいたルイの目が、俺と目が合った途端、焦点を結んだ。


「あ、ああ、そうだ。魔法陣の……円の中心を目指さなくてはいけない、のだ。そこで奴は儀式を行う可能性が高い……」

「儀式? 何だ、それは? それを、止めさせればいいのかっ!?」


「ああ、そうだ。絶対に阻止しなくてはいけない。奴らは人の血を流すことで、魔法陣破りのまじないいを逆に破った。だが、それだけではない。皆が盛り塩をした地点を結ぶと大きな円になるだろう? その中心に人がたくさん集まるところはあるか?」


「ああ、大型のショッピング・モールがある」

「そこだ! おそらくそこで奴は大量の生け贄を使った地獄との反転魔法陣を完成させようとしているはずだ」


「反転魔法陣!? なんだ、それは?」

「それぞれのポイントで生け贄によって集めた魔力を魔法陣の中心へと集め、地獄と直結させる。そして、その中心地点でにさらに大量の生け贄を捧げることで、地獄の力を引き込む術だ」

 ルイはそう言うと、もう一度頭を振った。


「どうしたらいい?」

「チームのメンバーをショッピング・モールに集めるんだ。何ならパトカーも連れてきてもいい。大殺戮をなんとしてでも止めねばならん」

 ルイが息を大きく吐きながら続けた。


 ルイと話している間、スマートホンが続けて鳴った。メンバーに送ったメッセージが返ってきたのだった。

「くそ。二人返ってこない」


 俺は大と一哉に電話して、それぞれメッセージの返ってこないメンバーを教え、様子を見に行くように伝えた。その上で、ショッピングモールに来るように言う。続けて、同じ指示をメッセージで皆に送った。


「後ろに乗れ」

 俺はゼファーのエンジンをかけると、ルイにヘルメットを投げた。ルイが後ろに乗ったことを確認すると、後輪を激しくスリップさせながら走り始めた。


 すると、すぐにけたたましいサイレン音が迫ってきた。バックミラーにパトカーが映っていた。

「よし。このまま行くぜ」

 俺はそう言うと、右手のアクセルを開いた。


 甲高い排気音を鳴らし、ゼファーはショッピング・モールを目指して駆けていった。

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