第51話 終焉

「グるるるるッ……!」

 悪魔が唸り声を上げた。


「くそめらめ。よくもここまでやってくれたな。恭一という素晴らしい依り代も、大量の生け贄どもも、全てが台無しだ……」

 悪魔は萎んでしまった体をよろめかせながら立ち上がった。


「ああ。つまり、お前に打つ手は無いってことだ。もう逃がさないぜ」

 俺は悪魔を睨みつけて言った。


「一緒にやろうぜ。竜一」

 虎徹が俺を見上げて言った。

「ああ、もちろんだ」

 頷くと同時に、虎徹の魂が光の粒子となって俺の体に戻ってきた。


「貴様ら……これで終わりだとう思うな。お前らの魂は覚えたぞ。ずっと、ずっと、呪ってやるからな。全員を地獄の底へと引きずり落とし、魂の最後の欠片まですり潰し、地獄の亡者どもに食らわせてやるッ。生まれ変わることは許さん。地獄の最下層で、永劫の苦しみを与えてやるぞ……」

 悪魔は頭を振り、涎をまき散らしながら、地獄の底から響くような声音で俺たちを恫喝した。


「「しつこいぜ!」」

 俺と虎徹は同時に、そしてきっぱりと言い切った。

「「今さら、そんな脅しが何になると思っているんだ。俺は/オレたちは、絶対にお前を許さない!」」


 俺の両目が、青と緑に光り、右腕のブレスレットの石が金色に光った。体から気勢が吹き上がり、リーゼントが逆立つ。


 母さん、幸、由里子――

 そして、浩二、大、一哉、健介、メンバーのみんな――

 俺は万感の思いを込め、拳を握りしめた。


 ルイが俺の横に並んだ。そこに、あの邪霊と悪魔に捕まっていた二人の男の魂も並んだ。


「一緒にやるか?」

 俺の問いにルイと二人の男が頷く。


「俺たちも一緒だ!!」

 大と一哉、そして浩二や仲間たち。スカル・バンディッドのメンバーも俺の横に並んだ。


 いつしか、俺たちの周りを金色こんじきの光が覆っていた。

「いいか!? 行くぜっ!!」

「おうっ!!」


 悪魔に渾身の力を込めた右ストレートをぶち込む。

 一斉に、周りの皆も拳を打ち出した。


 皆の思いが大きな光の奔流となり、俺の拳に乗って一直線に悪魔に突き刺さった。


 悪魔は何かを言おうとしたのかもしれない。だが、大きく開いた口は断末魔の悲鳴さえ上げることはなかった。


 光の奔流に包まれ、散り散りになって消えていく。

 完全に消えたのを確認すると、俺は大きく息を吐いた。


 ダイナマイトで開いたはずの地獄の穴も、ただの黒焦げた穴へと戻っていた。

 警官隊が踏み込んできた。

 消防隊も一緒だった。


 大勢の足音が響く床に、俺は倒れた。体も頭も疲れ果てていて何も考えられなかった。


 やがて、横にルイがやってきてしゃがんだ。

 俺の体を一瞬撫でると、

「ボロボロだな」と言って笑った。


「ふん」

 俺は意地を張って上半身を起こし、ルイを見た。


「私はこれで消えるが、最後に神からプレゼントだ。神はふだんから忙しくてな。一つの地域のいざこざにまでは中々手が回らないのだが、今回は本当に危なかった。感謝してるとのことだ」


「プレゼントって何のことだ?」

 俺が言うと、

「にゃあん」

 と鳴いて虎徹が走って行くのが見えた。


 そして、虎徹は幸の腕の中へと駆け込んだ。

「生き返ったってことか?」

「ああ。特別だ」

 ルイが笑った。


「マジか」

 俺は顔を手で覆い、少しだけ涙を流しながら笑った。


 ――と、その時。

 突然、誰かが隣に立った。


「よくやったな……」

「え?」


 傍らに立った男はたくましい手で、俺の頭を撫でた。バイクのオイルとガソリン、そしてたばこと整髪料が混じったような匂いがする。なんとも言えない懐かしい匂いだった。


 俺は男の方を見ることができずに震えた。


「バイクの調子はどうだ?」

 男が言った。懐かしい声だった。


「すげえいいよ」

「そうか……気に入っているか?」


「ああ、大事な相棒だ」

「そうか。それは、よかった。ところで、母さんと幸のことだが……」


「うん」

「一緒に暮らせとは言わない……だが、よろしく頼む」


「ああ、分かってる。任してくれ」

 俺はそう言って、隣を見た。


 死んだはずの父さんが、光に包まれて笑っていた。


「こうやって、もう一度お前と話せるなんてな。たぶんルール破りなんだろうが、お前が頑張ったからということらしい……」

 父さんはそう言いながら、俺の右手を握って引き起こした。


「うん……」

 そう応えた俺の目はもう涙で一杯で、何も見えなかった。

「ずっと心配だった。だが、立派な男になったな」

 父さんはそう言うと、俺を抱きしめた。


 どれくらいそうしていたのか……。

「竜一! 父さんが、父さんが、私のところに来たの……」

「ああ、俺のところにも来た」


 母親が抱きついてきた。その時には、もう父さんはどこにもいなかった。

 すぐ隣で由里子が泣いていた。その隣には虎徹を抱いた幸がいた。


「竜一!」

「竜一くん!」

 皆が駆け寄ってきた。


 周りを見ると、遙か向こうにゆっくりと去って行くルイが見えた。ルイは背中をこちらに向けたまま、右手を挙げていた。


 俺が右手を挙げると、一瞬横顔が見え、その顔は笑っているように見えた。

 それが、俺が最後に見たルイの姿だった。

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