第20話 邪霊の巣(2)

「私がここにいるのは、ここが邪霊の巣だからだ」

「何っ! ここがそうなのか!?」


「ああ。で、なぜお前はここにいる?」

「分からん。ここに引き寄せられたんだ」


「なるほどな。さすがは私が見込んだだけのことはある」

 笑みながら死神は言って、言葉を続けた。


「お前は文字通りここに引き寄せられたんだろう。ここの発する負のエネルギーにね」


「そういうことなのか……」

 オレは呆然として呟いた。そして、

「奴に包丁で殺された女の子がいたんだが……」と言った。


「ああ。知っている。彼女は幽霊だ。ここの負の結界に囚われ、何度も悪夢の時間を過ごしているんだろう」

 死神は大きく息を吐き、首を振った。


「ひどい話だぜ」

(許せねえな)

 オレと竜一は怒りで震えた。


 すると、

「ぐガるるるるあッ!!」

 太った男が、俺たちの怒りに反応するかのように、吠えた。


 同時に男の背後から、無数の邪霊がうじゃうじゃと溢れ出した。

 オレは跳びながら男の包丁を躱し、首筋に爪を突き立てた。


 男がオレの首を掴もうとする。

 オレは身体をひねって、男の手を避けると、滑るように床に降り立った。


「ぐ、ガ、ガあああああッ!!」

 男が吠える。


 すると、

「……う、ぐガぁあぉあ、ガあぁおぉ……」

 怨嗟の声が、無数にいる邪霊どもから上がった。


(向かってくるぞ!)

 竜一が叫ぶ。

 死神が突然、オレの背中を掴んで抱き上げると、部屋の外に出た。


 死神はオレを下ろすとドアを肩で押さえる。そして、ポケットから札を出すとドアに貼り付けた。札にはあの墓地の石碑と同じような文字が書かれていた。


「うぉオぉオぉ、ガアぁオぉぉ……ッ」

 ドアはガタガタと揺らされ、表面を引っ掻くような音と、邪霊どもの呻き声が響いてきた。


「これから、どうするんだっ!? あいつをやっつけなくっちゃ、あの女の子の幽霊は助けられないぞっ!?」

 オレの叫び声に合わせるかのように、


 バチン!

 と、激しい音が鳴った。


 死神が両手の中指と親指を同時に打ち鳴らした音だった。

 途端に、辺りが真っ暗な空間に変化した。そこは何もないように見えるし、暗闇はどこまでも続いているように思えた。上下も左右も分からない。どこまでも続く無限の空間のようだった。


 しん、とした空気が周りを満たし、オレたち以外の気配は感じられない。

 目の前に浮かぶ死神は、無言で腕を組んでいた。


「何が、どうなったんだ? 何かしたのか? あいつら……あの男や邪霊はどこに行ったんだ?」

「とりあえず、一時避難した。ここは私が緊急避難的に作った亜空間だ。ずっとは保たないが、しばらくは大丈夫だ」


「そうか。あいつは何なんだ? ただの邪霊憑きじゃないぜ」

「元は人間だろう。だが、今は恐ろしいほどの魔の力を持っている……」

 死神は一旦息を吐いて、上を向いた。そして、言葉を続けた。


「おそらく悪魔だ。悪魔が人間の体を乗っ取っているのだと思う」

「悪魔!?」

 オレは死神の言ったその名前を呆然と呟いた。


(悪魔ってあれか? 蝙蝠の羽がついていて足が山羊みたいで、長くて細い尻尾のある……)竜一が訊くと、


「まあ、そういうやつもいる。だが、見た目は色々だよ。それよりも恐ろしいのは、想像を絶する超常的な能力、いわゆる魔力を持っているということだな」


 と、死神が答えた。眉根に深い皺が入ったその表情は深刻そのもので、いつもの淡々とした様子とは明らかに違う。


「さっき、ここに逃げる寸前に奴の背後から邪霊がたくさん現れたよな?」

「ああ」


「やはり、あそこが邪霊の巣なのか?」

「そうだ。間違いない。悪魔はあの部屋で邪霊を産んでいる。そして、街全体に邪霊どもをばら撒いているんだ」


「悪魔が邪霊の産みの親……!? それに、何やら恐ろしい魔力も持っているってか。そんな奴を倒せるのか?」


「邪霊憑きを倒したときと同じだ。悪魔とあの男との繋がりを絶つことで、悪魔は魔力を失うはず」

「だが、そんな簡単にはいかないだろう?」


「悪魔は、あの男の心を触媒にして、魔力を増やしているはずなんだ。悪魔は人と契約を結んで、自分の魔力を強力にするからな。困難が伴うのは間違いないし、邪霊の時のようにはいかないかもしれないが、やるしかない。それに少し思うところもある」


「思うところ? 何だ?」


「あの男と悪魔との契約だが、完全じゃ無いような気がするんだ。契約を結んでいるにしては中途半端な感じがする。推測だが、切り離せる可能性は高いと思う」

 死神がオレの目を見て言った。


「もし、悪魔と男を切り離すことができれば、女の子の霊は助かるんだな?」

「ああ」


「そうか。分かった」

オレは頷いた。竜一も心の中で頷いていた。


「それでは、あの男がどのように悪魔に取り憑かれたのか、その記憶を送る。ここから先は、この前の修行と同じだ」

「男が根っからの悪人で、悪魔とその契約とやらを結んでいたらどうするんだ?」


「それでも、何とかするしかない」

 死神が大きく息を吐いたその瞬間、空間がぐらりと歪んだ。


 まあ、死神に色々と訊ねたが、オレの気持ちは決まっているのだ。わざわざ訊かないが、竜一だってそうに決まってる。

 オレは大きく息を吸うと、気合いを入れてゆっくりと吐いた。


 ギシ、ギシ、ギシッ……

 空間全体が軋むような音を立て、大きく揺れる


「それじゃ、行くぞ!」

「ああ!」

(おう!)

 オレと竜一は同時に答えた。


 死神が

 バチン!

 と、両手の中指と親指を同時に打ち鳴らした。


 その途端――

 ゴウッと、恐ろしい耳鳴りがして、目の前の景色が変わった。

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