野良猫と不良少年は死神とともに悪魔と戦う
岩間 孝
プロローグ 邪霊憑き
かび臭い空気の吹きだまる路地裏の奥――
目に見えるほどに黒く濃い瘴気が、太った中年の男と羽交い締めにされた若いスーツ姿の女性にまとわりついていた。
「ぐガぁぁあッ、ガおぁあッ!! このくそ猫めがっ、邪魔するんじゃねえっ!!」
男が叫んだ。背中に黒い邪悪な影のようなものが貼りついていて一緒に叫んでいる。
オレは背中の毛を逆立てながら、男とその背中に張り付いた奴を睨みつけた。
「いやぁっ!」
女性が悲鳴を上げて暴れた。履いているヒール靴が硬い音を立て、スーツのジャケットをがはだけた。
「何だ!? こいつはっ?」
「邪霊だよ。さっきも見ただろう? この男は正真正銘の邪霊憑きさ。それもかなり魂を浸食されているヴァージョンだ」
真っ黒なコートを着た痩せた男が長い髪をかき上げつつ言った。自分のことを死神と名乗るその男が、オレをここに連れてきたのだった。
ブンッ!!
唐突に包丁の切っ先が空気を切り裂いた。
オレは意外に素早い中年男の攻撃をギリギリで避けると、
「なあうううう……」と威嚇しながら前足の爪を伸ばした。
申し遅れたが、オレは野良猫の
ひょんなことから、人間の
(おい。虎徹! 何とか助けてやろうぜっ!!)
オレが男を睨みつけていると、竜一が暑苦しい感じで叫んだ。
いや、こいつはオレの中いるので実際に声が聞こえてるわけじゃ無いんだが、まあ何となくそんな感じなのだ。
「竜一。それより、逃げちまわないか?」
(馬鹿野郎! 男だろ!? 女を見捨てるのかっ!?)
「いや。だってオレ、人間の女は守備範囲外……」
(何っ!?)
やっぱ。ダメか。まあ、これで何かあったら目覚めが悪いのは間違いないしな。
オレは苦笑しながら男を睨んだ。
「くそっ。気色悪い猫めがっ! どっか行けっ!!」
男がオレの目を見て叫んだ。
たぶんオレの見た目を言ってるんだろう。オレはいわゆる黒猫だが、右の瞳は青で、左は緑。そして青色の方を貫くように、一筋の白い
「オレの見た目のことをイジった奴で、痛い目に遭わなかった奴はいないんだぜ」
オレはそう言うと、体を一瞬たわめて素早く跳びかかった。
包丁をかいくぐり、右手の甲を爪でざっくり
血が吹き出すが、男は
オレは隙を窺ったが、男の攻撃は鋭さを増していき、中々飛び込めなかった。
(おい、大丈夫か?)
「いや。大丈夫じゃない」
いつしかオレは、壁際に追い詰められていた。
男が口角を上げ、笑いながら前に出る。
目の前には、鈍く光る包丁の切っ先があった。
オレはその瞬間、後ろ足で壁を蹴った。壁を蹴った反動で勢いよく前に跳ぶ。そして、男の足の間をくぐって向こう側に抜けた。
オレは男に向かって、
「にゃあううぅ。いやああおううぅぅ……」と鳴いた。
男がビクリと震え、動きが止まる。瞳が落ち着きなく震え出し、口の端から涎が垂れた。
――正気に戻れ。その女の子から手を離せ。と、語りかけたのだ。
オレの声は特別で、邪霊に憑かれた奴にも届くらしい。それもあって、死神はオレをここに連れてきたのだった。
「にゃああぅううううう……」
――ほら。もういいだろ。
一瞬、男の目に正気に返る。
「いやあぉおおうううう……」
――しつこい男は女の子に嫌われるんだぜ。
「ああッ!? グわああウッッ!!」
男が背中の真っ黒な邪霊と一緒に吠えた。
(バカッ! 怒らせてどうすんだ!)
竜一がオレの中で叫ぶ。
男が包丁の切っ先を女性に向けた。
「うにゃっ《やめろっ》!!!!」
オレは慌てた。男は、今にも刺しそうだったのだ。
すると、突然、背中から青白い無数の拳が現れた。
バゴンッ!!
強烈な音とともに、男が壁まで吹き飛ばされ、背中をぶつけた。
女性は男の束縛から解放された途端、泣きながら逃げていった。
「何だ。今のは?」
(喧嘩のつもりで殴ろうとしたら、拳だけ伸びていきやがったぜ。
「マジか。こんなのできるんなら、最初にやれよ」
(いやあ、すまん……。今、初めてやったんだ。許せ)
オレがため息をつきながら言うと、竜一は苦笑して言った。
すると、邪霊憑きの男がフラつきながら立ち上がった。
「ギギッ、グぉウぅ……」
壁に
オレは男と邪霊を睨むと、「みゃうう……」と、威嚇の声を上げた。
――と、さて……。
ここまで読んで、突然の展開についていけない人も多いと思う。
死神はいるし、猫は話すし、邪霊憑きなんて訳の分からない奴は出てくる。おまけに人間の魂が猫の体に入ってるなんて、荒唐無稽すぎて、どこからどう突っ込めばよいのか、分からない人ばかりだろう。
取り込み中だから、できるだけ簡単に説明しようと思うが、少しだけ時間がかかるのを許してほしい。
そう。あれは雨の日の夜――
天涯孤独の野良猫であるオレは、この物語の発端となる竜一との奇跡の出会いを果たしたのだった。
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