孤城のアトリエ

第2章:軌跡の代償

第20話:自己紹介

（ー教団、俺にくれない？）

　そんな話しから1ヶ月が経とうとしていた。

「出ていくか死ぬか。選ばせてやる」

　1ヶ月で変わったことといえば、公園でホームレスをしていた24歳無職の菜摘が、屋敷に住み着いたことである。

「菜摘さーん！モック買ってきましたよ〜」

　菜摘は鬼の形相で、教徒を粛清すると毎日刃物片手に走り回っており、屋敷の中には殆ど教徒がいなくなっていた。残った教徒達には屋敷の掃除をさせるのだが、どうも何もできない者たちだけが残ってしまったよう。菜摘が結果としてキレ散らかしていた。

「毎日毎日モックばかり食べてんじゃねえ！24ともなれば10代のお前たちと違って結構辛いんだよ！！」

　屋敷に役立たずばかりが残ったせいで当然料理もできず、毎日のように泰人がモックを買いにいく（貰いに行く）。その結果、菜摘は来たばかりの頃より2キロ太ったらしい。10代'sは若さ故に体重の増減はナシだった。

「1列に並べ。シャキッとしろ」

　そろそろ屋敷の教徒の数が固定化したというタイミングで教徒たちを集める。3人プラスひよりと奏人は横一列に並ばされ、誰が屋敷の主かわからない状態であった。

「一番左の女から順番に自己紹介。共同生活を行う上で話が膨らみそうなやつな」

　無茶振りトップバッターはオレンジの髪にトパーズのような瞳が特徴的の女性。奏人とひよりはこの女性に見覚えがあった。

「乙梨硝子です。母と父、兄が叡智の魔女様を信仰しており、もちろん私も信仰しています。得意な事は剣術と乗馬です。剣術の経験を生かして、料理にも挑戦したいと思っています。よろしくお願いします」

　この真面目そうな感じ。間違いない。初対面からスマートフォンをパクったままにしている女性だった...。硝子のスマートフォンは現在進行形で動画がついたまま、ひよりのポケットの中である。今更、いえない。すぐに返そうとは思ってました、なんて後付したところで剣術が得意という硝子に切り刻まれて終わりだろう。

「剣術か。俺も剣術は得意だ。今度手合わせでも頼めないか？」

「はい！もちろんです！」

　和気あいあいとしている二人を除き、顔面蒼白のひよりと奏人はパクったのがバレないことを祈るばかりである。

「次」

　鬼の形相だった菜摘が剣術トークで随分と機嫌が良くなり次の人。

「塩屋和哉です。家事全般得意で、10歳のときからここで働いています。ずっと厨房とかに篭っていたので魔女様と面と向かってお会いするのはこれが初めてです。よろしくお願いします」

　若葉のような淡い緑髪が印象的な男性。塩屋の2文字に奏人と菜摘が反応した。

「塩屋さんが叫んでた和哉って、、、」

「俺もあいつと付き合い長いが、弟？がいたのか...」

　そんなことを言えば苦い顔をする。

「アレとは血の繋がりないんで...。いつもの妄想癖だと思ってもらって大丈夫ですから...」

「苦労してるんだな...」と菜摘は和哉の肩を叩いた。ひよりも「貴方もこっち側か...」と苦労人の面持ちで頷いている。そんな3人を見る奏人は、それだけでも塩屋直哉という男がどれだけとんでもない人かが分かった気がした。

「坊さんってあの性格なだけあって顔広いよね」

　ひよりがそういえば、その場の全員が納得したように頷いたのである。

「次」

　剣術トークに苦労人トークでいよいよ菜摘は穏やかな表情になり始めたところで最後の教徒の自己紹介。

「あ、えっと、小林隼人です...。両親や、兄弟たちも叡智の魔女様を信仰しておりまして...。何もかもダメダメでお役に立てることはないかもしれませんが、お側においていただければ、精一杯働かせていただきます！！よろしくお願いします！！」

「あっ、普通の人だ」と奏人とひよりはうなずきながらホッコリした。菜摘も感心したようにうなずき、ご満悦だ。

「次」

　次と言われ固まる。隼人の隣にいたのはひよりだ。「えっ、みんな知ってるよね？」と言うような顔で菜摘を見れば一気に機嫌が悪くなり「言え」と表情が物語っていた。

「叡智の魔女です。魔女をやっています」

「やり直し」

　満足気にそう言い切るも菜摘の合格ラインには満たないためやり直しの一言。他に言う事がないと悩めばため息をつく。

「はぁ。名前と得意なことや苦手なこと。好きなこと嫌いなこと色々あるだろ。それをいえ」

　そう助言があるも、やはりなかなか出てこない。3人の教徒たちも、奏人も心配そうに見守っている。

「後回しでいい。奏人次」