第14話:仕返し
目で追う暇などなかった。最初に目に入ったのは刃物で腹を刺されたこと。次に鈍い痛みに始まり、焼けるような傷口の熱さでやっと刺されたことを脳が理解した。
「叡智の魔女なら良いか。カルト宗教と化した魔女など創造神様も望んではいない」
気だるげだが優しそうだった男性が一瞬にして恐怖の対象へと変わる。
「痛っ!!あつい、熱いっ!!」
傷口が焼けるように熱い。
ヒリヒリだとかズキズキだとかそんなものではない。
焼かれるような激痛が腹部を襲った。
「創造神様の思し召しのために。天命を享受しろ」
次は一撃でとでも言うのか。血に飢えたような瞳が奏人を捉える。創造神のためなど、取ってつけたような理由。明らかに戦いを渇望しているように見えた。
「ダウト。貴方は嘘をついている」
挑発的な笑みを浮かべそういえば、男性も負けじとニヒルに笑う。
「嘘かどうかは俺が決める。嘘だって墓場まで持っていけば真実だ」
その言葉を皮切りに飛びかかってくる。激痛に耐え、立ち上がればよろけたのが幸をなし上手く攻撃を避けられた。
「痛いって...いってますよね」
やまぬ攻撃に、いよいよ我慢の限界。奏人は血走るような瞳で男性を見た。僅かに動揺を見せるが想定内。そんなことを言ったところで男性は止まらない。
「俺に勝てよ。勝てば創造神に...魔女に仇なす賊を討ったと高らかに宣言すればいい。人々は認めるはずだ。次期魔女には、お前がふさわしいと」
何がいいたいのか。意味がわからないとでもいうように奏人は構える。腹を刺された事など忘れてしまったとでもいうのか。もう気にしている様子もなかった。
「そんな目をするんだ!!お前も野心故に魔女に取り入ったんだろ?」
一度で仕留められなかった奏人に警戒している男性は距離を取りナイフを向ける。どんな言葉にも顔色一つ変えない奏人を探るように言葉をかけ続けた。
「知ってるか?魔女ってのは死ねば新しい魔女が生まれる。魔法が使える魔女の卵の中からな」
その言葉に、奏人はニュースを思い出した。魔女狩りにあった魔女。そして、事件はこの近辺で起こっている。教徒たちを装い息を潜めてチャンスを待っている可能性がある。
男性から投げかけられる言葉の数々の意味を考えた。
「叡智の魔女の蔑称知ってるか?叡智とは程遠い。魔女とは名ばかりの、人間に飼いならされた従順な犬。なら...お前が叡智になればいい」
この人が、魔女狩りの犯人だ。僕を欺き、魔女様の喉元へ刃を向けさせようとしている。直感がそう言っていた。
「だが、俺に出会わなければそんな未来も可能だったかもな。お前を殺して、お前のご主人様も殺してやる。何度首がすげ替わろうと、俺は...負けない」
支離滅裂だが、確かに感じる魔女への執着。
その目は殺意が篭っている。この男性の動きを見ても分かる。人を容易く殺せそうな身体能力。ナイフで刺された事すら気づけないほどに、音を置き去りにしてしまうほどに早い攻撃。
でも、時折見せる。攻撃の後の僅かな揺らぎ。
一見研ぎ澄まされているようで、違う。この雑味の正体は...
「いきますよ〜!」
理由が分かった。そんな嬉しさと共に満面の笑みを浮かべ、距離を取る男性の方へ一気に詰め寄った。
「殺せないんですよね?分かります ♪」
魔女狩りの犯人かと思った。しかし、それにしては妙。音を置き去りにしてしまうそのナイフ捌きがありながら、なぜ一撃で仕留めなかったのか?
それも、一撃目はもろにくらい、完全に油断していたにもかかわらず刺されたのは脇腹。
まるで、最初から殺す気がなかったようだ。
「僕は人を殺したことがありますよ」
男性は、詰め寄る奏人にザザザッと素早い斬撃。避けることなくすべてに当たる。しかし、できた傷は少し深い程度で、出血多量で死ぬほどではない。そんな傷を見て奏人は男性の手首を掴んだ。
「殺し方、教えてあげます。いいですか?このナイフをこうするんですよ?」
手にはナイフが握られており、そのナイフが自身の首にピタリとくっつくまで手首を引き寄せる。見て分かるほどに男性の手は震えていた。
「僕がカウントダウンをしてあげますから、ゼロになったら切るんですよ?」
「やめ、ろ」と震える声。男性は奏人に恐怖を感じていた。自身が今までで出会ってきた人間とは違う。同じ次元を生きていないとさえ思うほどの狂気を目の当たりにした。
「さーん」
明るい声でカウントダウンを始める。奏人は首を振りナイフの刃にコツコツと当てて見せる。当たった部分は浅く切れていた。
「にーい」
男性は逃げなければと必死に奏人の手から手首を抜こうとする。しかし、一向に抜ける気配はない。
「いーち」
抜けない焦りに、汗だくになりながら叫んだ。
「やめろっっ!!!」
しかし、奏人はそんなことはどうでもいい。
「ぜーろ ♪」
カウントダウンがゼロを迎えた瞬間血が飛び散る。
男性はあまりの衝撃に膝から崩れ落ち、顔に浴びた返り血を触っていた。
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