第15話:友達作戦

「僕を殺して、僕の主人も殺すんでしたっけ?」


 そう言ってシャツを脱ぐ。右肩から手先にかけてまで焼けた跡をうっとりとして撫でては、男性に見せつけた。


「魔女様は、こーんなかっこいい傷を残してしまうような人です」


「貴方に勝てますかね?」とケラケラ笑いながら問う。膝から崩れ落ちた男は自身の持っていたナイフを見る。バリバリに砕けちった破片と血だけが目に入り、血のあとを辿れば奏人の右手。


「お前...魔女の卵なのか...?」


 開いた口が塞がらないとでもいうのか、間抜けな顔をしたまま座り込む男性。


「いえ!僕は普通の人間ですよ!」


 ニッコリと微笑みながら返す姿はなんともおかしな光景であった。ナイフを自身の首に突き刺したのかと思えば、まさか、素手でナイフを粉々にしてしまうなんて思うはずがなかった。


「う〜っ!疲れましたし思い出したらお腹いたくなってきました!」


 幸い、ずぶ濡れになる前に蛇口から遠ざけておいたモックのテイクアウトの方へ歩く。


「ご飯食べませんか?」


 モックの袋を持てば既に戦意を喪失している男性に血だらけの手を伸ばした。


 奏人は、男性が根っからの悪人ではない気がしていた。言葉を掛ければ、まだ応じてくれる心があるような気もした。


「お前、よく頭沸いてるって言われないか?」


「いわれたことないですよ〜?」と呑気に返す奏人。もうどうにでもなれとその手を取る男性。


「お友達作戦。俺もまぜてもらおっかな!」


 ポンッと肩に手が乗る。驚いて後ろを見れば...


「塩屋さん!」

 

「直哉くんとかがいいなぁ」


「堅い堅い!」と背中をバシバシと叩かれる。傷口が!と思ってみても痛みはなかった。


「今死ぬ?」


 直哉は奏人の前へ出て男性との間に入れば、メガネをクイッと上げて釘を刺すように低い声でいった。男性は「癒しの魔女...」と焦ったように奏人の手を振りほどいて距離を取った。


「聞いてるだろ。今死ぬか、付いてくるか選んで」


「塩屋さんが...癒しの魔女?」と奏人は驚きながら自身の腹に手を添える。傷など最初からなかったとでもいうのか。刺された跡一つなかった。


「お前は俺を殺せない」


 男性と知り合いなのか。直哉の言葉に苦い顔をしては黙る。拒否権を与えない絶対的な圧は、少女以上ではないかと奏人も少し震えた。


 肯定も否定もせず、しかし敵意はなくなったとでも言いたげにヒラヒラと手を振る男性。

 

「んじゃ、案内よろしく奏人く〜ん」


「えっ、塩屋さんもご飯に来るの?」と今更色々とヤバい状況に「やっぱりやめます」とは言えない奏人は結局二人を連れ帰ることとなった...。


「和哉く〜ん!あーそーぼーっ!!」


 屋敷の裏門をくぐり、他の教徒たちにバレないように中庭を通っていた。しかし、直哉は大声で誰かを呼んでいる。その姿に男性も奏人もギョッとして急いで手で直哉の口を塞いだ。


「お前、静かにしろよ敵陣だろ!!」


「うるさくすると怒られるんですよ!!ここ魔女様のお屋敷です!」


 先程まで睨み合っていたとは思えないほどのチームワーク。直哉を黙らせればため息をついた。「ケチ〜」と不貞腐れる直哉を見て男性は胃が痛くなってきたのはいうまでもない。


「楽しそうなことしてるね」


 するとどうだ。大声で叫ぶものだから丸聞こえである。少女が自室からひょっこり顔を出していた。


「あ、魔女様...」


 叡智の魔女を見て体を強張らせる男性と、変な人たちを連れ込んでしまい、教徒に怒られないかとテンションが低めの泰人である。


「ひなちーやっほ!」


 空気も読まず、直哉が窓から顔を出す少女にニコニコしながら手を振る姿はもはや異様であった。


「普通に正面玄関から入っておいでよ」

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