孤城のアトリエ

第16話:悪の等しさ

　少女に言われ、渋々正面玄関から入る面々であったが、流石に屋敷内の教徒達がざわつく。足早に少女の部屋に向えば、少女は部屋で動画を見ていた。

「ひーなーちー。元気してた？」

　すると直哉は、うつ伏せでゴロンとして動画を見る少女に跨り腰のあたりに軽く乗っかって顔を覗き込む。

「昨日会ったじゃないですか」

　話しかけても反応がないため手に持っていたスマートフォンを取り上げれば、体を起こしてムッとした顔で振り返った。

「ひなちーつめたーい」

　異様な光景。つい昨日までは「叡智」なんて読んでおり、保護者と子供のような絵図らであったのに対し、今は逆転現象が起きている。奏人は腕まくりをし、男性は拳を握って直哉を引き剥がした。

「お前、34にもなって女に跨るな！！」

「魔女様が重そうです！早くどいてください！！」

「嫌だ！！」と暴れるが思いの外力が弱く簡単に引き剥がせた。

「なんでそんなに冷たいのさお前たち！！」

　お前たちと言われたのは少女と男。

「私はひなって名前じゃない」

「ただの腐れ縁だ。仲良くする義理はないだろ」

　その言葉にシクシクと泣き真似をしてみせる直哉。

「さ、三人のご関係は？」

　奏人がそう聞けば三者三様。

「菜摘と俺...って菜摘っていうのはこっちの小汚い男ね。菜摘と俺は幼馴染で、ひよりは俺の妹ね」

「他人だろ」

「妄想癖があるだけだから気にしないで泰人」

　誰がいってる事が本当なのやら。奏人は頭を悩ませている。

「あ、あの、それより。ひなちーとひよりって、どっちが魔女様のお名前なんですか？」

　三人の関係については聞かなかったことにしようと流すことにした奏人である。

「ひよりだよ。藤宮ひより。藤宮の藤は、藤の花の藤に、宮は後宮の宮。ひよりは平仮名でひよりだよ」

「後宮とか言うな下ネタ製造機」

「めんごー」

　若干よく分からない会話が聞こえたが、少女...ひよりの名前が知れて嬉しい奏人。しかし、ひより本人は不服そうな顔をしている。

「藤宮ひよりって名前。好きじゃない」

　直哉を睨みつけていった。

　物心ついたときから魔女様と呼ばれていたし名前はないと話していた少女の姿を思い出し、知られたくない理由があったのだろうと泰人は察した。

「だから、ひなちーってちょこっと変えて呼んであげてるじゃん！返事してよー」

　なるほど。ひなちーというあだ名は配慮なのか...と奏人は感心したように頷いていた。

「開闢の魔女が付けたっていう名前か...」

　小汚い男こと菜摘がそう呟けば、ひよりは一層眉間にシワを寄せた。

「俺はいいと思うけどなぁ。名付け親が誰だろうと、名前って、その人だけのものだから。ひなちーが生きた日々が名前を形作っていくんだと思うよ？」

　おちゃらけた様子から真面目に直哉がそう言う。それでもひよりは納得がいかないようだった。

「坊さんは、人を殺したことが無いから分からないですよね。開闢の魔女は屋敷から私を連れ出しては、夜な夜な殺す練習だとかいって人を殺させ続けたんですよ？」

　拳を握る姿は、やはり年相応。いや、それ以上に幼く見えた。

「あの人は、天命に従い命を刈り取るだけでは飽き足らず、その家族まで葬ることを強要する。天命じゃなくて、魔女個人の意志で人の命を刈り取ってる。あれはただの人殺しです...」

　余程嫌だったことが伺えた。下唇を力強く噛んでいるせいで血が滲む。目には涙が溜まっていた。

「俺...いや。医者からすれば、天命を行使する魔女も、天命ではなく個人の意志で命を刈り取る行為も、等しく人殺しだと思うけどな」