第40話:荼毘に付す

 

 ニッといたずらっ子のような、無邪気な笑みでひよりは返す。それだけいえば踵返して歩き始めた。


「二人とも、いこう」


 その言葉に、女性の拘束を解きスキップでひよりの元へ向かう泰人。おぼつかない足で躓きながらもそれに続く隼人。


「そうだ...名前、聞いてもいいかな?」


 思い出したように止まっては振り返る。そう問えば女性は呆けた表情で口を開いた。


東雲しののめ...朱里あかり


 それだけ聞けば満足したように帰路につく。今度は後ろを振り返ることはなかった。


「良かったんですか〜?あの人、どう見ても反魔女の人です。それに、天命が下った人ですよー?」


 その言葉にひよりは頷いた。


「私は、間違ってると思う?」


 そう問えば、泰人はクスリと笑った。


「あの人は自分でいってました。魔女は正義だって。だから、殺さないという選択もまた、正義だと思いますよ」


 そんな二人の会話を見て、隼人は重い口を開いた。


「創造神様の天命を執行しなかったとなれば、魔女様がどうなることか!!それに、あの人だってどうなるかわからないのに!!正気じゃない!!」


 ありえない。そんな顔をしていう隼人に泰人とひよりは顔を見合わせた。


「優しいんだね」


「ですねー!」


 クスクスと二人笑って駅へ走る。その姿に「はぁ!?」とまた声を漏らす隼人。怒りっぽいけど、優しくて、ビビリだけどやっぱり優しい。そう思いながら帰りの電車に乗ったのであった。


 駅に到着し、車を取りに行けば最後の一人の元へ。駅の近くだった。


「やっと...報われるのですね...」


 住宅街にひっそりと佇む家。木や草が生い茂り随分と手入れをされていない庭。インターホンを鳴らして出てきた男性は「やっと、家族の元へ行ける...」と泣いて喜んでいた。


「魔女様」


 ポンポンと珍しく隼人に背中を叩かれた。泣いているのかと思えば、真っ直ぐに男性を見ていた。


「我儘を...聞いていただけるのであれば...墓の前で、荼毘に付していただけないでしょうか」


 そういわれ、コクリと小さく頷く。男性を車に乗せ、いわれた通りに墓へ向かった。


 よく訪れるのだろう。家とは違い、枯れ葉一枚落ちておらず、手向けの花は生き生きとしていた。お線香をあげる姿を見守れば、男性はその場に正座した。


「家族共々、叡智の魔女様をお慕いしておりました。妻や子どもたちは天命を享受することは叶いませんでしたが...どうか、跡形も残らぬよう墓ごと焼いていただきたい」


「もう墓参りに来る者もおりませんので」という姿に、ひよりは無性に寂しくて、悲しくなった。泰人も周りの墓を見たりしているがその姿は寂しげだ。隼人は溢れる涙を堪えていた。


「お墓は...焼こうと思えば...焼けると思う。跡形もなくは無理かもしれないけど」


 そういえば「ありがとうございます」と土下座をしながら喜んでくれた。


「でも、墓は焼かないことにする」


 そういえば下唇を噛み、悔しそうに下を向いて泣いていた。


「毎日だとか、毎週だとか、毎月だとかは無理だと思う。でも...私じゃ、だめかな?」



 男性は、その言葉にゆっくりと顔を上げる。


「私が墓参りに行くよ」


 それはただの罪悪感から逃れる口実が欲しかった。そういわれればそうだった。でも、こんなにキレイな墓を保つほど大好きな人たちが眠る場所を...跡形もなく焼いてしまうなんて寂しいと思った。


「何年でも、何十年でも...お待ちしております」


 そう涙ながらに笑う男性は狂気なのだろう。でも、この姿が、この世界では当たり前である。けれど、決して消えない罪だと理解し、手を伸ばした。


「最後に、名前を聞いてもいいですか?」


 そういえば、男性は背筋を伸ばした。


安藤康彦あんどうやすひこと申します。今年で56歳になります。妻は洋子ようこ、息子は日向ひなた。三人家族でしたが、去年の暮に交通事故で妻と息子を亡くしました。短い間でしたが、お世話になりました」


 再度、深々と頭を下げる男性をひよりも、そして泰人も隼人も背筋を伸ばし真っ直ぐに見た。


「本当に今日は、良い日和ですね」

 

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